1-6 聖女はクソ重いぬいぐるみを運ばされるようです
「はあ……なんなのよ、これ……重すぎる……」
私はジョギングから帰った後、1mはあるかと思えるような大きなぬいぐるみを運ぶように言われた。
アイネス王子曰く、隣町で新しく生まれた赤ん坊が居るから、お祝いにこのぬいぐるみを持って行って欲しい、とのことだった。
「まったく、男って奴は……。ぬいぐるみを渡せば女性は喜ぶって考えが安直なんだよね……」
私はそう愚痴を言いながらも頑張ってぬいぐるみを運んでいた。
このぬいぐるみは、クソでかい上に重い。
しかも見た目が可愛いならまだ運びがいもあるが、見た目も正直可愛いとはいえない。
……これはぬいぐるみと言っても、不格好な編みぐるみの、犬とも猫ともわからないような塊だ。
中身に綿でも詰めておけばいいものだが、あいにくこの時代に綿花はそう手に入らない。
恐らく穀物か何かが詰まってるのだろう。
それでも、表面だけでも可愛いモフモフにすればいいものの、何やらわけの分からない植物の茎のようなもので編まれている。
(私がこれをアイネス王子から貰ったら、切れるだろうな……)
そう感じたほど、はっきり言ってこのデザインはない。
製作者のセンスを疑う。
アイネス王子はこの制作者である中年女性に対して、
「すばらしい! そなたに仕事を頼んでよかった!」
などと褒めたたえていたが、はっきり言って、このぬいぐるみの出来は素人以下だ。
(料理もまずいし、洗濯も下手……こればっかりは、前の北部地方の使用人の方が良かったわね……)
アイネス王子の周りの使用人はどいつもこいつも素人みたいなやつばかりだ。
やはりそのあたりは人を見る目がない『無能王子』なのだろう。
そうこう思いながらも城門近くまでこれを運んだ私に、たまたま散歩に行っていたのであろう、カリナが居た。
「あら、ライア? 重そうですけど大丈夫ですか?」
「いや……ちょっときつい……」
「全く、お兄様も酷いですわね。ライアにこんな重いものを持たせるなんて……そうですわ!」
そういうと、カリナは小さな手押し車のような道具を持たせてくれた。
「こちらのスイッチを押してくださいませ」
「スイッチ? こう、かな? って、うわあああ!」
すると、その手押し車がすごい勢いで走り出す。
私は思わずつんのめりそうになったところで、もう一つあったボタンを押した。
幸いそれが停止スイッチだったようで、その手押し車は止まった。
「どうです? 私が考案した魔道具『イフリートの火炎』ですわ?」
「す、すごいね、これ……使っていいの、カリナ?」
「ええ、もちろんですわ! ただ、燃料はあまりないので途中からは普通の手押し車になりますが……」
カリナは、この手の魔道具を趣味でいつも作っており、私もこの間は舞を踊る時に使えそうな魔道具を他にもらっている。
まったく、あの無能王子と違って彼女は本当に優秀だ。
「それでも十分だよ。ありがとね、カリナ」
私は、そうお礼を言って城を後にした。
しばらくの後。
私は、目的の村まで何とか自力で運びきった。
「あとちょっとだな……」
残念なとこに『イフリートの火炎』の燃費はあまりよくなかったので、最初の数キロで自動では走らなくなり、ただの手押し車となった。
それでも担いでいくよりは楽だったが、人形を運ぶためには、やはり体力が必要だった。
(そういえば……北部地方で『聖女』やってたころは、こんな重いもの持たされなかったな……)
私は、婚約していたころ、このような重い荷物を持つ機会はなかった。
一度、軍用の小銃が摘まれた荷車を運ぼうとしたが、
「なにやってる! 女が軍需物資に触るな!」
と、フォブス王子にものすごい剣幕で怒られたからだった。
(あれは、王子なりの思いやりかな? ……なわけないか)
女性に重い荷物を運ばせない、という騎士道的な精神から来たと思いたいところだが、彼の態度はそんな雰囲気ではなかった。
……その時のフォブス王子は、むしろ私が銃火器を持つことに対して、酷く怯えていたような印象を受けた。
……私が武装するのを恐れていたのか? だとしたら、まったく小心な王子だ。
(フォブス王子って、偉そうに怒鳴ってるけど、本当は女性が怖いのかもね……実際、童貞だって話だし)
そう思いながらも、私は目的の民家についた。
「すみませ~ん!」
私はそう叫ぶと、1人の女性がドアを開けてやってきた。
「あら、あなたは確か……」
「はい、この間あのアイネス王子の元で働くことになった、ライアと申します。以後お見知りおきを」
私は恭しい態度を取りながらも、多少おどけるように語尾を弾ませて、お辞儀をした。
「フフフ、可愛い方ね。……ところでそれはなに?」
「はい、アイネス王子からのプレゼントです。お子様が産まれたんですよね?」
「ええ。……まあ、夫とは別れちゃったんだけどね。あいつ、モラハラばかりするから」
はあ、と私は気の毒に思った。
この母親は、女手一つで子どもを育てることになったわけか。
「それは……気の毒でしたね……」
「良いのよ。代わりに子どももいるし、あいつ殆ど農作業やらなかったんだもの! 死んでもらった方がマシよ!」
「ハハ……そうだったんですね」
彼女の表情は寧ろせいせいしたような表情を見せていた。
彼女は強い女性なのだろう、そう好感を感じるほどだった。
「それじゃあ、こちらを受け取ってください」
そして私から荷物を受け取った。……だが、彼女は運ぼうとしたが途中で諦め、申し訳なさそうに私にお願いをしてきた。
「ごめんなさい。私一人じゃ持ち上がらなそうなの。……手伝ってもらえますか?」
「ええ、良いですよ? どこに飾ります、これ?」
まあ私だったら、こんな出来損ない、すぐに捨てるのだが。
「ええ、じゃあこっちにお願いしていいですか?」
そう言われて案内された場所は、居間だった。
だが、私はそこで信じられないものを見た。
「え……えええええ!?」
私は思わず声を上げてしまった。
この母親は、神をも恐れぬ暴挙を行っていたからだ。
「な、ななな、なんですか、この人形たちは!」
「あら、窓辺に置いたら、この子たちが周りに見てもらえて、楽しくない? 私が作ったのよ、可愛いでしょ?」
……そう、この母親はなんと『窓辺に手作りの、可愛い人形を置く』などと言う、信じられない愚行を行っていたのだ!
それが間違っていることなど、私たちは小学校のうちに教わっている。
『女性が暮らしていることがバレないよう、窓から見える位置に女物の道具はおくな』
と。
……こんなことを許されるのは、よっぽど安全な国くらいだ。
少なくとも私が転移前に居た国では、こんな無謀な行為を行っていた人はいない。
私は思わず声を上げて抗議した。
「あ、危ないですよ! 何考えてるんですか!?」
「危ない? なんのことかしら? よそのおうちも、みんな飾ってますわよ?」
「う、嘘ですよね?」
そう言われて私は、周りの民家をざっと見た。
……信じられなかった。
本当に、窓辺に化粧道具やぬいぐるみ、それからドレスと言ったものまで飾っているからだ。カーテンまで、いかにも『女の子部屋』だとわかるくらいなところもあった。
「あの……今まで、野盗や強盗に襲われたことは?」
「え? そんなの……そうだ、5年前……アイネス王子が南部地方を収めるようになる前までは多かったみたいね。最近は全然聞かないわ」
嘘でしょ?
そんなに安全な地域が、この世界に存在したなんて!
私は思わずそう驚いた。
南部地方の治安がそれなりに良いことはアイネス王子の言動からも知っていたが、まさかそれほどとは思わなかったからだ。
「こ、この南部地方って、安全なんですねえ……」
「そうかしら? 別にそんなの普通じゃない?」
「いえ……そんなの全然『普通』じゃないですよ……」
なるほど、アイネス王子があれほど無能で能天気でも、王子として務まるわけだ。
ちょうど統治するようになってから、こんなに南部地方が平和になったのであれば、為政者が誰であってもうまくいく。運のいい王子だ。
そう思いながら王子のプレゼントを部屋の隅に置くと、母親は訪ねてきた。
「ところであなたのお仕事は、これで終わりかしら?」
「いえ。……そういえば、この村では今夜お祭りがあるんですよね?」
「え? そう言えばそうだったわね。あの無能……いえ、アイネス王子から聞いたの?」
なるほど、王子の部下である私に対しても『無能王子』呼びか。
どれだけアイネス王子は舐められているのだろう。そう思いながらも、あの王子じゃ仕方ないという気持ちもあり、私は気にしないことにした。
「ええ。……なので、歌と踊りで喜ばせるように言われたんですよ」
「まあ、そうなの? ……じゃあ私も参加しようかしら?」
「お子様はよろしいのですか?」
「うん、隣のご夫婦が見てくださる話をしてくれていたから」
なるほど、この村では子どもは地域全体で面倒を見るという考え方なのだろう。
「それでは、今夜街の広間でお会いしましょう」
私はそういうと、また深々とお辞儀をしてその場を去った。
……今日は泊まりになるだろう。だが、この村には宿がない。
そう思って私は村長の許可をもらい、集会場の一室を貸してもらうことにしてもらい、夜までそこでのんびり過ごすことにした。
(まったく……無能王子か……)
確かにあのアイネス王子は、能天気でわけの分からないことをする。
あのぬいぐるみのセンスも悪い。実際に、渡した時も母親が少々微妙な顔をしていた。
だが、一国の王子とも言えるものが、一般庶民の子どものために出産祝いを送るというのは、割と粋なことだ。
少なくとも、この時代で彼女のようなシングルマザーにとっては『我が国は、あなたは見守っているぞ』という意思表示にもなる。
(王子は良い人だよね、ほんと……)
私は半ば、彼を復讐のために利用しようとしていることに呵責を感じながらも、仮眠をとることにした。
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