1-2 聖女は『無能王子』の宮廷道化師に雇われたようです

「歌、か……」


即興で歌えと言われても、即座にメロディを思いつけるような技量は、私にはない。

そこで私は、元の世界で流行していた歌に歌詞をつけて歌うことにした。



「この国の~王子フォブス様は~女性を人として扱わない暴君で~」


そんな感じの歌詞……いや、もはやこれは愚痴だが……を私は歌うことにした。

とはいえ単に歌うだけでは退屈をさせてしまう。その為、道化師ベラドンナの動きに新体操の要素を少し混ぜ、即興で踊って見せた。



……まったく、しつこく彼女から道化師の舞を見せられたことがこんなところで役に立つとは思わなかった。


「赤子を殺して喜んで~。粗末な毛布を恵むだけ~」


私が婚約していた時にフォブス王子がやっていた悪行をそのまま歌ってみた。


「…………」



だが、そのローブの男の反応はあまりよくなかった。

……そうか、彼は南部の人間だ。だから北部の話をしてもあまり興味が無いのだろう。



「北部だけではなく、南部の王子も無能な奴で~」


だから、南部にいる「無能王子」と噂される男を歌詞に組み込むことにした。


「いつも、釣りだ、ジョギングだ~遊んでばかりで仕事せず~」



南部を統治する『アイネス王子』のことは、ここに来る道中で何度かうわさに聞いている。

どうやら、普段からまともに政を行わずに遊んでばかりで『無能王子』と呼ばれているようだ。


その為、領民達は、



「王子なんて居ても居なくても、自分たちは楽しく暮らせている。彼は不要な統治者だ」



そんな風に言って笑いあっていた。

そんな無能な王子が統治しているにもかかわらず、南部の領民達は幸福に生活が出来ている。


これは、本人達曰く『私たちが勤勉でまじめだから、王子が居なくてもなんとかなっている』とのことだ。



その為、アイネス王子を揶揄するような歌詞を歌うことにした。



「領民は、みな楽しそうに、遊びつつ~。遊んでばかりのアイネス王子、みな一様に『無能』だと~。そんな風に言わしめる~。まさに南部は皆の国~」



そう歌い、私は頭を下げた。

歌い終えるなり、そのローブの男は感激したように拍手をしてくれた。


「素晴らしい! そんなにはっきりと、国を批判できるものはそなたが初めてだ!」



やはり、こうやって喜んでもらえるのは嬉しいものがある。

そしてその男は、少しまじめな表情になった。



「そう、道化とはそうでなくてはならぬ! 人を楽しませ、喜ばせ……そして時に、為政者を厳しく批判する存在でなければな!」

「い、いえ……私は……」



ただ単に私は、自分の思ったことや不満を八つ当たり気味に歌詞に乗せただけだ。

歌も踊りも、正直プロの道化師に比べたら大したことがない。


そう思っていたが、そのローブの男は私を気に入ってくれたようだ。……どうやら銀貨は返さなくて済みそうだ。



「ところでライア殿。あなたは寄る辺がないのではないか?」

「え?」

「もしそうであれば……私の元でやとわれる気はないか?」

「はあ? なんであなたが?」



それは意外な提案だ。

だが、正直このローブの男が私を雇えるようには思えない。

都合の良いことを言って、私のこの魅力的な身体が目当てなのではないか、そう思って私は身構えた。



……だが。



「おっと、申し遅れてすまない。……私の名は……」



そういって男はローブを取った。

……その瞬間私が思わず目を奪われた。



フォブス王子に雰囲気はよく似ているが、彼なんかと異なり暖かい雰囲気を受ける。

そして、この男もまた、衆目を集めるほどの端正な顔立ちをしていたためだ。




「第二王子アイネス。この南部地域を我が兄フォブスに代わって統治しているものだ。……身分を明かすのが遅れてすまない」




「え? ……あ……」



やばい!

その3文字が頭をよぎるとともに私の頭は真っ白になり、顔は蒼白になった。

この人、お忍びでこんな辺境の村に来ていたということだ。


……この王子様のこと、さっきの歌の中で、散々バカにしちゃってる!



そう思って逃げ出そうと振り返ったところで、アイネス王子は私を呼び留める。



「ライア殿。逃げないでくれ。……別にそなたを試したつもりじゃないんだ」

「え? あの、その……」



……やばい。

この男、間近で見ると本当に顔が良い……というか、完全にタイプだ。


私は思わず、どぎまぎしながら頷いた。



「実はな。我が国では『常に領民の声に耳を傾け、自身を批判するものを傍に置くべき』という風習があるんだ」

「は、はあ……」

「それでだ。……宮廷道化師を置くことを義務付けているのだが……実は私の傍には、私を批判できるようなものが居なくてな」

「批判、ですか……」


この王子ははっきり言って領民には舐められているようなものだ。

だから探せばいくらでも道化役など見つかる気がしたが、そう言うわけではないのだろう。



「……そなた……いや、ライア殿は歌も踊りも、私の心に響くものがあった。それに、今の私に対する的確な諫言。……まさに、私の理想とする宮廷道化師の条件を満たしている」

「はあ……」



そう言われても、正直私の歌や踊りがアイネス王子に、なぜ刺さったのかは理解できなかった。

……だが、王子は私を『おもしれ―女』と思ってくれたのだろう。



私は特に行く当ても無い身だ。正直私を雇ってくれるというなら、渡りに船ではある。



「そこで……もしそなたに行く当てがないのであれば……。過去は敢えて聞かない。……私の傍で『宮廷道化師』として働いてはくれぬか?」

「……うーん……」



正直、その提案はとても魅力的だった。

……だが、あまりに話がうますぎる。


本当はこの男は王子などではない、ただの変人ではないか?

適当なことを言っているだけじゃないのか?



そうは思ったが、この男の容姿や佇まいは、どこか上品なものを感じる。少なくとも単なる一市民ではないことは、雰囲気から明らかであった。


そして何より、王子が腰に身に着けている剣は間違いなく、ネイチャランド王家の紋章であった。いくら何でも人を騙すには手が込みすぎている。



「お兄様? この方がうちで働いてくれるなんて、嬉しいですわ?」



そしてアイネス王子の羽織っていたローブから小さな少女が出てきた。



……うわ、可愛い。


私の第一印象は、それだった。

年齢は12歳ほどだろうか。魔法使いを彷彿とさせる三角帽子をかぶり、そして人見知りをするように兄の後ろに隠れている。


だが、私に好意を持ってくれているのか、その目はキラキラとしていた。


「私も、ライア様の踊り、凄い素敵だなって感動しましたわ? それに思ったことをはっきり言えるのも魅力的ですし……」

「え? ……あはは、そう言ってくれると嬉しいですね……」


どうやらこの子も私を「おもしれ―女」と思ってくれているのだろう。

それについてアイネス王子も同意しながら、私に彼女の紹介をしてくれた。


「……おっと、紹介をしていなかったな。この子は私の妹カリナだ」

「カリナと申します。今度は私にも素敵な踊りを教えてくださいね、ライア様?」

「も、もちろん!」



この子とはぜひお友達になりたい。

私はそう思うと、この男の提案にはますます乗り気になった。



「ライア殿、そなたは我が領地にとって、必要な存在になる方だ。いずれはフォブス王子にも、そなたを見せてやりたいほどだな」

「フォブス王子、か……」



そして、この一言が決め手になった。

あの、私に濡れ衣を着せて追放するクズ王子に会いに行けるかもしれない。


それに、この男は見た目こそ美しいが、世間では『無能王子』などと呼ばれているようなぼんくらだ。



……ならば、この男を操って、フォブス王子に復讐を果たすことも出来るかもしれない。

復讐を果たした後は、この王子に政治を押し付けて、私はカリナちゃんと田舎でスローライフを送る。


そんな生活も悪くないと考え、私は頷いた。


「はい。……あの、私でいいなら……」

「そうか! では、これからよろしくな、ライア殿」


そう王子は握手を申し出てきた。


……本当に爽やかな男だ。

彼を騙すのは気が引けたが、私はその手を握り返した。



(良かった……。仕事にも何とかありつけたし、住むところも出来た……。とりあえずここで立場を固めて、そうして……フフフ……)



そうして、私はあのフォブス王子に復讐をする。

具体的な策は考えていないが、今から奴に目に物を見せてやれると思うと、その日は嬉しくて眠れないほどだった。

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