プロローグ2 聖女は濡れ衣を着せられて婚約破棄をされました
だが、意見具申のために近づく前に、私は兵士たちに止められた。
「……やめてください、聖女様」
「フォブス王子に危害を加えるのであれば、女性であるあなたも容赦しません」
「あんた達……」
槍を構えるのはまだ幼い健気な少年兵。
……まだ幼い彼らを兵士に仕立てるなど、最低な蛮行だ。そう思った私は、ますます義憤にかられた。
そもそも、ネイチャランドには、ほかに屈強な男たちがいるのに、彼らを国境付近に遠ざけた上で、少年兵ばかりを自分の王宮に置いている。
きっと、フォブス王子は彼らを寵童にもしているのだろう。
そんなフォブス王子に対して、更なる怒りに打ち震えながらも、私は黙って引き下がらざるを得なかった。
「ちょっと、何やってるのよ、ギルト!」
「うるせえな、聖女だかなんだか知らねえけど、邪魔するな!」
更に許せなかったのは、その殺した赤子たちの扱いだ。
フォブスはその赤子を弔うことなく、1人の狂人のような部下に与えていた。
「ヒヒヒ……死ね……死ね……そんな声が聞こえるぜえ……!」
そうつぶやいてばかりで、まともに会話も出来ない狂人『ギルト』。
……そいつはなんと、その子どもたちの死体を国境沿いの道につるし上げていたのだ。
彼の蛮行は北にいる『レイペルド公国』からも恐れられていたほどだった。
敵対関係にある国にまで、そのような評価をされるなど、彼はネイチャランドの恥だ。
私は彼の愚行をいさめるべく、フォブス王子に尋ねた。
「なんでこんなことを許すの!?」
「なんでって? それは決まっておろう。楽しいからだ! 女のお前には分かるまい!」
だが、フォブス王子はそう言って、その行為を辞めさせようともしなかった。
彼の他にも、フォブス王子の部下は頭のおかしい奴ばかりだった。
「ウヒヒ……ねえ、聖女様? 聖女様ってまだお子様作らないの~?」
「お子様? そんなの私の勝手でしょ? ……そもそも寝室も別だし」
「だよね~? 実はあの王子様、童貞なんだよね~? バカだよなあ、聖女様みたいなかわいい子に手を出さないなんて~? だからさあ、ボクと子ども作らない~?」
「はあ? 冗談辞めてよ!」
そう言って気持ち悪い声をかけてくる大臣『ユーグル』は私にちょっかいばかりかけてくるセクハラ野郎だった。
……唯一の幸いと言うべきなのか、フォブス王子は私を寝所に誘うことはしてこなかった。
ユゥグル曰く、彼は『童貞王子』と言われるほど、女性を近づけない性格とのことだった。
まあ、あの性格だから女性に嫌われるのも無理はないのだろうが。
私はそいつの、うっとうしいまなざしを見るのが嫌でたまらなかった。
「これはこれまた、聖女様。まだこの場所にいらっしゃるなんて」
「え?」
そして宮廷道化師の一人『ベラドンナ』。性別は不詳だが、おそらくは女性だろう。
厚塗りのメイクをしてはいるが、骨格から考えて、相貌はとても美人とは言えない。
きっとフォブス王子の傍にいてくれる女性は、彼女のような、性格が悪い奴だけなのだろう。
「まったく、あなた様も物好きですねえ? 南部にいる、優しい『無能王子』の元に逃げればいいものを」
彼女はよく『童貞王子』とフォブス王子を馬鹿にしつつ、そんな彼と一緒に居る私のことを馬鹿にしてくる。
しつこく私に顔を見せながら踊りや芸を見せるので、彼女のメイクと踊りを一通り覚えてしまったほどだ。しかも、ご丁寧にナイフ投げのやり方やら、ジャグリングの仕方なども偉そうにご高説垂れてくるので、私はそれを聞き流すのが大変だった。
だが、彼女の気に入らないところは、何かにつけて王子をくさす癖に『あの方の魅力は私だけが分かっている』と言わんばかりの表情で私にニヤニヤと笑みを浮かべることだ。
それでも私は耐えていたが、ついにある日事件が起きた。
「ぐ……なんだこれは!」
珍しく私と夕食を共にしようと言った王子は、突然フォークを取り落とし、食事を吐き出した。
そして近くにいた道化師ベラドンナは、それを見てにやりと笑う。
「……毒です! 王子、あなた毒を盛られたんですよ、この聖女……いや、メリアに!」
「ぐ……まさか……貴様が……!」
ふらつきながら憎悪の目をこもった目で私を睨みつけるフォブス王子。
違う、毒を入れたのは私じゃない。……『まだ』私はそこまでする気はなかった。
「貴様が私を殺そうとするとは……当然だが、婚約の話は無しだ!」
「違うよ! 私は毒なんて……!」
「女が口答えするな! 兵! この娘を捕らえよ! 処刑する!」
「は!」
そう言って幼い少年兵たちは私を取り囲もうとした。
「聖女様……お覚悟を!」
「あなたを捕らえます!」
「だから誤解だって! ……っていっても、無理そうね……」
私は包囲が完了する直前に、後ろにあるドアから逃げ出した。
「まて!」
「逃がすな!」
少年兵たちの声が聞こえてくるが、その声は次第に遠ざかっていく。
……フォブス王子は愚かだ。女だからって私を舐めすぎている。
私は元新体操部で身体能力には自信がある。
あんな子ども相手なら、かけっこで負けたりしない。
(……けど、この格好じゃ、すぐ捕まるよね……)
だが、おそらく私は指名手配されるだろう。
私は道化師ベラドンナの部屋に入り、衣装を一式奪い、着替えた。
……ちょうど私のサイズにぴったり合う服と靴が、おあつらえ向きにタンスにつるしてあったのが幸いした。さらに机の上には金貨の入った袋もあった。
まったく道化師ベラドンナは、不用心な奴だ。
「じゃあね、フォブス王子……覚えておきなさいよ……」
そして、この城の北口の枯れ井戸には、王族しか知らない抜け道がある。以前フォブス王子が口を滑らせたのを覚えていてよかった。
私はそこから抜け出して、街道に降り立った。
……いつか、あの暴君フォブス王子に復讐してやる。
そんな思いを秘めて。
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