無能と評判の弟王子は、兄王子に婚約破棄されたヒロインを『豊穣スキル』を持つ人気者に仕立てるようです

フーラー

プロローグ:「残虐な暴君」フォブス王子

プロローグ1 聖女は『暴君』と呼ばれる王子と婚約をさせられました

私は、なんでこんな男と婚約させられたのだろう……。

婚約者は、モラハラ、男尊女卑の思想を持つろくでなし。

そして何より許せなかったのは、赤ん坊を殺して楽しむクソサイコ野郎だった。


部下たちもろくでなしばかりで、思い出しただけで腹が立つ。

そう思いながら、道化の姿に変装した私は、夜の街道を走っていた。




ことの発端は今から2ヶ月ほど前。

新体操部に所属するただの大学生だった私『メリア』は、ある日目覚めると、異世界に転移していた。


その時の私はパジャマ姿で巨大な魔法陣の中央に横たわっていた。……幸いというべきか、身体そのものは衣服も含め転移前と同じだった。


「おお、聖女様がお目覚めに……『召喚の儀』は成功です!」

「……これで私たちにも安寧が……!」


私の周りにいた修道士の女性たちは口々につぶやきながら私を崇めていた。


「ここは……どこ?」

「ええ。ここはネイチャランドと呼ばれる王国です。……聖女様のお名前を聞いてもよろしいですか?」


ネイチャランド……自然の国、か。

不自然なほど安直な名称だと感じたが、何か理由があると思い、私は突っ込まなかった。


「あ、はい……私はメリアと申します」

「メリア様ですね! ……よくこの世界にお越しくださいました! さあ、よろしければこちらに。食事の用意が出来ていますよ?」

「え? あ、うん……」



最初のうちは半信半疑だったが、私はこの中世ファンタジーの世界に転移してしまったことが分かった。


(そういえば、ここ数日……体調が悪かったな……)


あの時私は突然死し、私の魂が異世界に転移した。

……そう考えれば一応の合点がいった。



私はよく『鈍感で相手の立場を理解できない奴』と言われ、割と誤解されやすい性格だった。


そのため、元の世界では私は友達もおらず、1人ぼっちだったので、元の世界に未練はない。

そう考えて私は『聖女』として生きることを決めた。



「さあ、どうぞ、ご馳走を用意しました。聖女様、召し上がってください」



食卓に案内された私は、テーブルに置かれた粗末な食事を見て、面食らった。


(これが、ご馳走?)



ずいぶん前に作られたライ麦の黒パンと腐りかけたチーズ。それに塩気の強いハムと言った、もとの世界では到底食べないようなものだった。


恐らくはシスターたちも貧しいのだろう、私は見ただけでそれを悟った。



「それで、その……。私はこの世界で、なにをすればいいの?」

「え? その……それについては後でお伝えしますので、しばらくはここでのんびり暮らしてください」

「え? ……うん……」



それから私はシスターたちと一緒に過ごすことになった。

シスターからはいくつかの教会の教義を教わりながらも、時には一緒に遊んだり紅茶を飲んだりしながら、おしゃべりすることもあった(幸い転移の影響か、この世界の文字や言葉は、母国語と同様に理解が出来た)。



「けどさ、私は聖女なんて言われているけど……別に特別な魔力ってないよね?」

「え? あ、いえ。まだ力が目覚めてないのではないでしょうか?」


いわゆるファンタジーのお約束だと、このような世界では聖女は魔法が使えると思っていた。

だが、私はこの世界に来て特別有用なスキルは手に入れていないことが分かった。

気になったのは、シスターがそのことを知っても別にがっかりする様子を見せなかったことだが。



「ねえ、そういえばさ? この教会っておやつとかないの?」

「おやつ……? どこの国の言葉ですか、それは?」

「え? ……そっか」


正直、この教会での生活は貧しいもので、朝昼晩でご馳走は食べさせてもらえなかった。

だが、シスターたちはみな優しく、それなりに楽しい生活を送れていた。




それから1か月ほど経った後、私はシスターに呼ばれ、礼拝堂に来ていた。


「聖女様。……すみません……そろそろ、あなた様をこの世界に召喚した理由をお話させてください」


彼女は、修道院の中ではリーダー的な存在だった。

そんな彼女が極めて歯切れが悪そうにつぶやく。



「結論から言います。……聖女様には、南西にいる第一王子、暴く……いえ、名君のフォブス様と婚約をしていただきたいのです」

「こ、婚約……?」


その発言に私は驚いて思わず聞き返した。


「はい。実はそこにいる王子は……私たち北部教会の修道院がお気に召したらしく……『ぜひ、そちらの一番の美人の方と婚約がしたい』と言っていたのです……」

「へ、へえ。美人か……」



顔で相手を決めるというフォブス王子にあまり良い感情を持たなかった。

だが、美人だと評されること自体は、正直少しだけ嬉しかった。



「……そうです。ですがわれらは神に仕える身。婚約など教義として出来ないので……それで、あなた様をお呼びしたのです……」



何かが引っかかる。

確かに、この北方教会ではシスターは結婚を禁じていると分かっている。

そして、私は『聖女』とは言われているが、この教会の司祭ではない。その為、教義の上でも婚約は可能だろう。



だが、シスターの表情を見る限り何かを隠している。

……とはいえ、これを断るのは立場上不可能だろう。どのみち元の世界に私の肉体は無いのだろうし、この世界に私の居場所はない。


彼女たちには世話になった。

私は元の世界では『冷たい奴』と誤解されていたが、本当は義理堅さには自信がある。



「分かったよ。じゃあ、私が婚約すればいいんだね?」

「ええ! ……その……すみません、ありがとうございます……!」



私はその時に安請け合いをしてしまったことを恨んでいる。





そして、私は婚約者である第一王子「フォブス」の元に顔を出した。


(うわ……ちょっとイケメンかも……)


第一印象は、正直なところ決して悪くはなかった。

年齢は自分より少し上だろうか。よく整った顔をしており、正直顔は少しタイプだった。

だが、そんな印象は一瞬で吹き飛んだ。



「……フ、フン。お……思ったより美しく……ない女だな。教会もケチったもんだ。……ま、まあいい、女なんてみんな同じだ」



開口一番、その男からそんな風に言いながら顔をそむけた。

その顔は怒りによるものか、赤くなっている。


そして大きなため息をついた後、私のことを睨みつけるような冷たい目をしながら答える。


「……ゴホン。おい、お前。俺と婚約したからには、女であるお前は、俺の言うことを聞けよ?」



私はこの世界にいる男性とはまだ話をしたことがない。

この世界の文明水準から考えても、まだ女性蔑視が根強いのではないかと感じた。

……だが、その男はこの時代の男性と比べても差別的であることがすぐに分かった。



私はフォブス王子の元に出されてから、特に何かをすることはなかった。

というより、させてもらえなかった。


「どうやら先刻の密偵の情報によると、相手は兵を東に配備しているとのこと!」

「そうか……では、兵を増員して警備を。そして密偵の数も増やすんだ」

「は!」



フォブス王子は、いつも戦争の話ばかりしていた。

ここから北にある『レイペルド公国』は、私たちの済む『ネイチャランド』の領地を狙っているとのことだった。その為、侵略に備えるために軍備を拡張しているようだった。




だが『戦争なんてくだらない』ということは、元の世界の学校でも十分教わった。




しかも相手は侵略者であり、この戦いに勝っても得は無い。

……私は戦争なんて愚かなをやめ、話し合いをもっと行うべきだと話をした。


だが、


「おい、お前。女のくせに口だすんじゃない! この戦争の責任者は全部俺だ! その発言がお前の責任になったらどうする!」


「女のお前は俺の言うことを一生聞いていればいいんだ! 『北城門の近くの枯れ井戸にある裏口』から逃げようなどと思うな!」



そんな風に言って、私の意見はまるで聞き届けてくれず『女のお前は黙ってろ』と言わんばかりに、何もさせてもらえなかった。

まったく、価値観が古い王子だ。



さらにこれはプライベートの世界でも同様だった。

私は侍女に三食の食事を用意してもらっていた。


「聖女メリア様。お味の方はどうですか?」

「え? うん、美味しいけど……」



食事の場でも、私には碌な食事が出されなかった。

せいぜい黒パンが出ればいい方で、薄い麦がゆだけが食事で出されることも多く『女にはこの程度で十分』とでも思っていることはすぐに分かった。


しかも、食事の場ではいつも私一人で、フォブス王子はいつも来てくれなかった。

代わりに聞こえてくるのは、隣の部屋からの怒号。


「おい、ハルバードの軍費調達は辞めろと言ったろ!」

「へ?」

「あんな大きくて派手なだけのもの、持ってても喜ぶのは貴族共だけだ! そんな金があるなら、修道女どもの糧秣にでも充てておけ!」

「あ、はあ……」



いつも戦争の話ばかりして、うんざりする。

なんで男って戦争が大好きなんだか。

私はそう思い、その部屋に足を運んだが、



「なんだ、お前? 会議の邪魔だ! 出ていけ!」

「ですが、たまには一緒に食事を摂っても……」

「はあ? 女なんかと一緒に飯なんか食えるか!」



そんな風に取りつく島もなく、追い出された。


そのせいで、私はフォブス王子が食事をしているところを見たことがない。

……きっと私に隠れて、もっと美味しいものを食べてるのだろう。



そう思うと、フォブス王子に対する不満はますます募っていった。





それから2ヶ月ほどが経過した。


(くそお……なんで私は、こんな奴と婚約なんかしたんだ……けど、我慢しなきゃ……)



私は流石に、シスターたちが自分をある種の『人身御供』として売渡したことは分かった。

だが、シスターたちにとってもやむを得ない行動だったことは分かる。悪いのは彼女たちに、このような選択をさせた暴君、フォブス王子だからだ。



だがある日、決定的に私の心がフォブス王子から離れた瞬間が訪れた。


ある日の夜中、私は水を飲みに王宮の水飲み場に降りて行っていた。

その時に、小さな隠し部屋の一室で王子の高笑いが聞こえていたからだ。



「ハハハ! やはり、赤ん坊の命を奪うのは最高だな! さあ天国に行くがいい!」


そう叫ぶとともに、フォブス王子が赤ん坊に薬物を注射していたのを見たからだ。

その時の王子の表情は見えなかったが、その体は震えていた。



……きっと、歓喜に震えていたのだろう。その姿に私は嫌悪と軽蔑の想いが浮かんだ。



その翌日、王子はその母親と思しき女性に僅かな金と毛布を渡していた。


「さあ、愚民よ。……楽しい時を過ごさせてくれた礼だ。受け取るがいい」

「はい……坊や……ごめんね……」

「何を謝る? 私が『赤子を殺したい』と言ったのだ。貴様に罪はなく、子が恨むのも私だ」



母親は、最貧民の娼婦であろうことは見ただけで分かった。

……そう、フォブス王子は自身の快楽のために、貧しい母親から子どもを奪い、殺していたのだ。



さすがにこの行為は私も許せなかった。正義感のもとに王子に具申することにした。

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