第26話 チートおっさんに惚れるべからず
古賀が去って行った倉庫の通路で里緒は勢い良く誠司に頭を下げた。
「ほんっと~にすみませんでした誠司さん!」
誠司も困ったように後頭部を掻きながら応える。
「いいよいいよ。絡まれたときは俺の名前使っていい約束だったんだし、誤解させるように言っただけで、嘘ではないからね」
「で、でも会社でウワサになっちゃったらどうしよ~? 誠司さんの彼女さんとかの耳に入っちゃったら大変ですよぅ」
――前回もそうだったけど、里緒ちゃんってけっこう後先考えないで動くよなぁ……。
誠司は苦笑を禁じ得ない。
「心配しなくても大丈夫。別に彼女がいる訳でもないからね」
「あ、そうだったんですか……」
里緒は少し安堵の表情を見せた。
「でも、本当にすいませんでした」
「平気だよ。……それよりも大変だったね、こんなところでさ」
「そーなんですよぉ! ちょっと上司から在庫の現物確認を指示されて来たんですけど、途中で古賀さんに見つかって、あとをつけられたみたいで……」
「倉庫も広いから奥のほうに来るとなぁ……」
誠司が辺りを見回しても誰の姿もない。時折フォークリフトを運転する社員が通り過ぎるくらいだが、メイン通路から逸れた通路脇の一本一本まで目を光らせて走っている訳でもない。
――本来の位置から荷物を詰めて積んでる箇所があるせいで防犯カメラも倉庫内を満遍なくカバーできてる訳じゃないからなぁ。
パレット上に積み上げられた荷物も人の背丈をゆうに超えているから死角となる部分も生じている。
「こ、怖かったです……力まかせに腕を押さえられちゃって……誠司さんが来てくれなかったら何をされていたか……」
「古賀くんにも困ったものだね。ともあれ、アレだけ言っておけば今後は平気なんじゃないかな?」
「だといいんですけど……私、やっぱりさっきのこと会社に言ったほうがいいのかなぁ……? 逆恨みとかされないかなぁ……?」
「なんなら俺も証言するからね」
「あ、ありがとうございます、誠司さん……」
里緒はまた少し頬を赤らめて言った。
「そ、そういえば、さっきの誠司さん、た、頼りになるなぁって感じで、か、カッコ良かったですね……」
「はは、そうかい? これでも一応は人並みに経験を積んだおっさんだからね。……あ、そんなことよりゴメンね。肩なんか寄せちゃって、むしろセクハラだったかな!? 悪気があった訳じゃないんだけど……」
「あはっ! 大丈夫で~す! むしろ古賀さんに対して効果バツグンだったし、演技とはいえさすがだな~って思っちゃいました」
「ほっ……それなら良かったよ……」
「さすがはおっさん、経験豊富ですね!」
「ひとこと余計だよ?」
「あはっ!」
里緒は笑って続ける。
「それに古賀さんとは違って、誠司さんなら嫌だったって言うかむしろ……」
「えっ……?」
誠司は再び頬を染めた里緒を見て言葉を失った。
――き、気のせいだよな……俺も若い頃は散々女性の気持ちを勘違いしてきたしな。おっさんになってまで勘違いするなんてみっともない。
そんなふうに誠司が自分の考えを振り払うように頭を振ったところだった。
誠司も里緒も微妙な雰囲気で向き合ったままだったせいか、背後に積まれた荷物の裏から自分たちに向かって来るフォークリフトの異様なアクセル音に気づかなかったのだ。
「ああっとぉ~っ! ぶつかっちまったぁ~っ!」
そのわざとらしい叫び声と、里緒の背後で大きな何かが荷物に激突した音は同時に聞こえた。
「きゃあっ! な、何っ!?」
背後からの大きな音に即座に身を屈める里緒。
――この声は古賀くんか! さっきの腹いせにフォークリフトで背後から荷物に体当たりでもしたんだな!?
その相手方は人の背丈を超える荷物に阻まれて視認はできない。しかし状況的には古賀が嫌がらせに来たと考えるのが妥当な状況であった。
いくら荷物が安定して積まれているとはいえ、フォークリフトが勢い良くぶつかったとなれば、それは衝撃で大きく揺らぐ。
――驚かせるだけのつもりだとしても、悪ふざけにしては危ないことを!
誠司が里緒の背後に積み上がった荷物を見上げたときだった。
「里緒ちゃん! 上っ!」
「えっ!?」
誠司の叫びに里緒が振り返って見ると、そこにはフォークリフトの激突によってバランスを崩し、倒れ込んでくる荷物の影があった。
そのパレットごと落下してくる荷物の重量はどう見ても1トンはくだらない。
しかしそのあまりに突然の出来事に身を屈めていた里緒は反応しきれず、すくんで逃げ切れないような状況となっていた。
――あぁ! クソッ! こんな大惨事、見過ごせる訳がないだろう!
その瞬間、誠司は里緒に駆け寄り、落下してくる荷物を受け止めるべく両手を伸ばしていた。
「きゃあああっ!」
そんな誠司の姿を見ることもなく顔を伏せて叫ぶ里緒。
そして――。
「あ、あれ? 私、生きてる……?」
しばらくの静寂ののち、里緒は不思議そうな顔で目を開き、辺りを見回した。
「ど、どうして……せ、誠司さんは……?」
そしておそるおそる上を見上げた里緒が見たものは、到底人間の力では支え切れないだろう重量の荷物を素手で受け止めきっていた誠司の姿だった。
――ふう。レベルアップと装備品の補正がこっちの世界でも反映されてて助かった……。
「う、うそ……せ、誠司さん、それ……?」
呆然としながら、震える人差し指を誠司に支えられた荷物に向ける里緒。
「里緒ちゃん、大丈夫だったかい?」
――俺のほうはこんなチート怪力を目撃されて大丈夫じゃないかもしれないが……。
動揺を隠せない里緒とは正反対に苦笑いさえ浮かべている余裕の誠司。
誠司は受け止めた荷物をすぐさま安全な床に下ろし、うずくまる里緒の手を引いて彼女を立ち上がらせた。
――いかん、何か説明しておかないと怪しまれるかな。
「い、いやぁ。日ごろ鍛えてきた筋肉と火事場のクソヂカラによってなんとかなったなあ」
その口調は明らかに棒読みで、咄嗟に出てきた説明もあまりに雑だったが、それでも里緒からはなんの反応も返ってこなかった。
ただただ呆然として誠司の顔をまっすぐと見ているだけだ。
――ダ、ダメか。まいったな……こっちの世界でこんな人間離れしたことしたら、もう仕事を続けられないかもしれない……。
「あ、あの~……里緒ちゃん? 悪いんだけどこのことは……その……」
ダメ元にと誠司が正直に打ち明ける段階になって、ようやく状況が見えてきた里緒は慌てて笑顔を作った。
「だ、大丈夫です! 何が起きたのか良くわからなかったけど、大丈夫ですっ!」
そして取り繕うように続ける。
「い、いやぁ、運が良かったですねぇ……荷物が逸れて下敷きにならずに済みました……」
「そ、そうなんだよ……危なかったなあ。運が良かったなあ」
わざとらしくとぼけながら後頭部を掻く誠司の頬には冷や汗が浮かぶ。
「そ、それより、こんな危ないことして、古賀くんもイタズラじゃ済まないぞ……注意してやらなきゃ!」
そう言ってそそくさとその場から離れようとする誠司の背中を見つめながら里緒は呟いた。
「誠司さん……経験豊富なおっさんとか言っておいて、何かを隠す演技は下手くそだなぁ……」
そう言う里緒の顔は紅潮し、その瞳はとろけそうなほど緩み、潤んでいた。
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