第24話 冒険の最後に見つけたお宝が絆だけだとガッカリする


 エマが目を覚ましたのは誠司が写真を印刷するために転移して行った直後だった。


「こ、こは……?」


 豪華な客間に柔らかなベッド。暖かな布団に包まれ目覚めてみれば見知らぬ高い天井。


 エマは目をパチクリさせて周囲を見渡した。


「エマさん、お目覚めになられましたか」


「だ、誰!?」


 自分を見下ろすように視界に現れたメイド服のオリビアを見て、エマは即座に腰の短剣を探すように手を動かした。


 もちろん武器の類は取り外されているためその手が何かを掴むことはない。


 代わりにエマは警戒色をあらわにオリビアを睨んだのだった。


 けれどもオリビアはまるで動じず、微笑みかける。


「私は誠司様にお仕えしていますオリビアと申します」


「セージ……? あっ!」


 エマは自分が気を失う直前の出来事を思い出したかのように自身が受けた傷口の部位を見た。


 傷口から広がりつつあった黒い障気が消えていることを安堵するのに反比例して疑問の様相を浮かべていくエマ。


「ご安心ください……傷口でしたら誠司様が処置してくださいましたので」


「セージが……? そっか……アタシ、気を失って助けられたんだ……」


「私はエマさんのお世話を仰せつかっております……エマさんはどこかお身体に不調や違和感はございませんでしょうか?」


「いえ、特に異常は……」


「それは良かった……誠司様も気にかけていらっしゃいましたので」


「それでセージは……? いや、その前にここはどこ!? アタシはいったいどのくらい気を失っていたの!?」


 徐々に認識が追いついてきたのか矢継ぎ早に質問をするエマ。


 オリビアは優しく微笑みながら答える。


「誠司様はただいま外出中でして、間もなく戻られる頃だと思います。そしてここはクリスタリアにあります誠司様のお屋敷でございます。エマさんはすぐに目を覚まされましたので、気を失われてからはそれほど時間は経過していないと思われますね」


「でも、クリスタリアならダンジョンから馬車でも最短二日はかかるから、少なくともアタシは……」


「そのあたりのことは誠司様に直接お尋ねなさったほうが良いかと思います」


「そ、そうですね……」


 エマはベッドの上で居心地悪そうに微笑んだ。すっかりオリビアへの警戒も解けたようである。


「すみません。助けていただいたのに、さっきは警戒したような態度をとってしまって……」


「いえいえ、さすがは冒険者さんといったところです」


「あはは……それにしてもオリビアさんこそ、いったい何者なんです……? さっき睨んだときも怯まなかったばかりか、下手に飛び掛かったりしてたら返り討ちに遭ってた気しかしないんですが……」


「とんでもありません。私は誠司様のメイド。ただそれだけです」


「くっ……セージのやつ、こんな綺麗なメイドさんを雇ってるばかりかこんな立派なお屋敷に住んでて何が貴族じゃないだよ……」


「うふふ。誠司様でしたら本当に爵位など小さな肩書きにこだわるお方ではありませんよ? そのお父様も同じように、むしろ頑なに爵位を拒むほどのお方でした」


「うへぇ~……アタシには信じられない話ですよ。セージ、本当にSPにしか興味ないのかよ~……」


 などと談笑していると、突然ドアが開き誠司が現れる。誠司はエマと目が合うと少し驚いたような反応を見せた。


「おっと、目覚めていたのか。ノックもしないですまない」




 誠司が現実世界に戻っていたのはエマと臨んだダンジョン内の写真をプリントアウトするためで、転移の鍵を用いて実家へ戻り、最寄りのコンビニへ行くだけなので一時間もかかっていない。


――まさかそのわずかな時間にエマが目覚めるとは思わずにノックもせずにドアを開けてしまった……。


 誠司が気まずそうに言うとエマは軽く応える。


「いいよいいよ。そんなの気にするようなお貴族様とは違いますからね、アタシ」


 その横目と合わせた言い方は嫌味っぽい。


――だが、そんな調子でいてもらったほうが俺も楽だ。案外エマとは相性がいいのかもしれないな。


 そう思いながら誠司は軽く笑う。


「はは、その調子じゃあもう平気かな。……ならもう用はないし、荷物もちゃんと返すから早く帰るといい」


「ちょっと! それが目覚めたばかりのエマちゃんに向かって言うこと!? こんなに可愛いのに!」


「可愛かろうが可愛くなかろうが、エマはSPじゃないからな」


「当たり前だっ!」


――さて、ここまで元気ならもう心配はいらないだろう。さっさと本題を話して追い出してしまおうか。


 誠司は一つ咳払いをして真面目な表情で言う。


「エマが気を失ってる間に、あのダンジョンなら俺がコアを破壊した。結局、大したSPにはならなかったが、ダンジョン攻略を条件にしていた以上、俺たちがパーティーである必要はなくなったはずだ」


「あ……」


 誠司が淡々と告げると、エマも思い出したように真剣な表情へと変わっていった。


「そう……やっぱりダンジョンは消滅したのね……」


「あんな危ないゴブリンを生み出す可能性は放置できないからな」


「そう……よね。……ねぇ。アタシどれくらいの間気を失ってたの?」


「いや? 時間にすればエマが気を失ってから一時間も経ってないはずだが」


「は!? 移動時間はどうなってんのよ? 馬車で二日もかかるのよ!?」


「ああ……それはダンジョン消滅の影響かもしれない。気づいたらクリスタリアに転移していたんだ」


――本当は俺の転移魔法だが、何もかも正直に話してしまうのも面倒だし、適当にごまかしてしまおうか。良くわからんが特別なダンジョンだったからで押し通そう。


「んな都合いい訳あるか! セージ、また何か隠してるんでしょ?」


 エマは当然のように信じていないようだったが、誠司は軽く笑って誤魔化すだけだ。


「いいじゃないか、助かったんだからさ」


「う……。助けられた以上、余計な詮索はするなって意味よね……?」


「ははは……ものわかりが良くて助かるよ」


 誠司が笑うとエマは釈然としない表情をした。


「大丈夫。変なダンジョンの報告についてなら内部の写真をこうして印刷してきたし、然るべき機関への連絡はオリビアさんにやってもらうからさ。あとの心配事は専門の人に任せよう」


「写真のときもそうだけど、印刷? セージが良くわからん魔道具を使ってるのは百歩譲っていいとして……」


 エマは重くため息をつく。


「なんの利益もなくダンジョンが消えたのかぁ……アタシの利権がぁ……」


「仕方ないだろう? 大体、金目のものなんかダンジョン内になかったんだ。結果的にエマにとっても無価値じゃないか」


「身も蓋もない言い方をすればそうだけど、これじゃあ交通費込みで大赤字じゃない……」


「エマは金に困ってるのか?」


「ムカ! 何その言い方! 金持ちだからって見下してんのか!」


「いや、別にそんなつもりはないけど」


「いいよなセージは。こんなお屋敷に住んでて、お金の大切さなんかわかんないんだよ」


「そんなことないさ。俺だって最近までは普通の暮らしをしていたんだ。エマの気持ちくらいわかるさ」


「ウソつけ、この大金持ちが!」


 と言ったところでエマはふと眉をひそめた。


「あれ? でも待てよ? ……セージってお金持ちなんだよね……?」


「エマお前。今、とても面倒なこと考えているだろ? 帰れ」


「そそそ、そんなこと言わないでよダンナ!」


 エマは媚びを売るように誠司にすり寄り、誠司は少しあとずさる。


「寄るな。その目は金のことしか見ていない女の目だ。汚らわしい」


「そう言いなさんなって。こちとらセージがSPにしか興味を持ってないのはもうわかったからさ」


「わかってるなら、なおのこと用がないことくらい理解できるだろう?」


「それもそうだけどさ。ほら、よくある話じゃない? お宝を探して冒険に出たけど最後に見つけた宝とは仲間との絆だった、的な?」


「俺はエマに絆なんか感じてないけどな」


「グサァ! で、でも、こっちにしてみたらセージみたいな金づる……じゃなかった! 素敵な殿方との出会いは大切にしたいって言うか~?」


「お前、わざと金づるとか言っただろ」


「あは! だって良く考えてみたら、むしろそう言っておいたほうが信用してくれると思ったんだもん。アタシ、お金さえ与えておけばセージの邪魔はしないよ? むしろお役に立とうとするし!」


 誠司はため息を一つついた。


「面倒だな……やっぱり見捨ててくれば良かったか」


「そう言わないでよ~。きっと役に立つよ? アタシ」


「……何ができる?」


「そりゃあ……SPの稼げそうな情報を持ってくるとか……かな?」


「ほう」


 その瞬間、誠司の目の色が変わった。


「SPの情報か……たしかにそれならいくらでも買いたいくらいだ」


「でしょ!?」


「さっそく教えてくれ。新ダンジョンに代わるSPの稼ぎ場を!」


「いや、そんなすぐに答えられるかいっ! ……こちとら最近まで新ダンジョンで頭がいっぱいだったんだからね」


「なんだ……期待させただけか……」


「ま、今はそうだけどさ。……ほら、一緒に冒険してセージのクセも少しはわかったつもりだし、有意義な情報を提供できると思うんですよ~。だからこれからもよろしくお願いしますよ~? なんなら、玉の輿に乗っけてくれても……」


「俺は別に、エマとはSPが得られればいいだけの関係のつもりなんだがな……」


「あは! 冗談冗談! でも、情報なら損はさせないよダンナ!」


「わかったわかった。……ならせいぜい俺を唸らせるようなSPの情報を頼む」


「はいよ~! その代わり、高値で買い取り、お願いしますよ~? ダンナ!」


――まったく。さっき死にかけてたとは思えない現金さだな、羨ましいくらいだ。


 そんなふうに調子良く笑うエマに呆れながら、誠司も釣られるように少しだけ笑っていたのだった。

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