第23話 かすり傷


 部屋の中のゴブリンを全て消し去った誠司は満足そうにステータス画面から顔を上げた。


「いやぁ、思ったよりもまとまった数がいて良かったよ」


「良くないわっ! あんなゴブリン、ポンポン生み出されてたまるかっ!」


 エマは豪快にツッコむ。


「生み出す? もしかしてダンジョンって内部でモンスターでも生み出しているのか?」


「普通はね。だからこそ適切に管理すれば新米冒険者のちょっとした訓練場にもなるんだけど……」


 エマは眉をひそめて続ける。


「……普通、モンスターを生み出すにしても、もっとダンジョン内に満遍なく配置されると思うんだよね……」


「このダンジョンは結局、この部屋でしか見なかったな」


「もしかしたら、あのゴブリンたちはこのダンジョンから生み出されたモンスターじゃないのかもしれない……」


「どういうことだ……?」


「例えば、元々はこのダンジョンの入り口付近にあったゴブリンの集落が、たまたま入り口として出現した歪みに巻き込まれたとか」


「でも、それならすぐに出口から出れば良かっただけだろう? 何も集落ごと全滅するのを待つだろうか」


「それもそうだけど……」


「とにかく、考えても仕方がない。やっぱりこのダンジョンは危険だ。コアを破壊しよう」


「ちょっと待って! さっきも言ったけど、もっと慎重に考えないと!」


「そうは言ってもな……例えばさっきのゴブリンの集落が巻き込まれた仮説が正しかったとすれば、このダンジョンを放置しておくことで迷い込んでくるほかのモンスターもああなる可能性がある訳だろう?」


「それはそうだけど……でも、不死身とは言え動き自体は大したことなかったし……」


「だけど言ったよな? あのゴブリンにちょっと引っ掻かれでもしたら、黒い瘴気みたいのに感染するって……」


 そこで誠司は言葉を止めた。エマの右腕に僅かにだがかすり傷がついていたからだった。


「エマ……その傷、どうした?」


「これ? あはは……実はさっき油断したときにさ、ちょっとかすっちゃったみたい」


「……大丈夫なのか?」


「ダメみたいね……かすり傷だし、大したことないって我慢してたけど……すっごく痛みが出てきた」


「……ちょっと見せてみろ」


「い、いいよ。これはアタシのミス……アンタに迷惑はかけない」


「いいから見せろ」


 誠司がエマに手を伸ばすと、エマは大きく飛び退いて誠司から距離を取った。


「これ、感染するかもしれないんでしょ? なら触らないほうがいい」


「言っただろう? 俺は一度それを克服していると」


「なら話は簡単ね。セージにできるのなら……アタシにだって……」


 そう言いかけながらエマは意識を失い、その場に崩れるように倒れかけたが、素早く駆け寄った誠司が抱き抱えるように支える。


「ったく……よく気を失うまであの痛みを堪えたもんだよ、お前は」


 誠司は反応のないエマを横に寝かせ、自らの指先を剣で切った。


――気を失ってくれたのは好都合かもしれん。ニーナのときと同じように俺の血を飲ませて症状を拒絶さえすれば……。


 誠司の思惑どおり、気を失っているエマの口に血液の滴る指先を咥えさせると、エマの傷口から広がりつつあった黒いあざは綺麗に消え去ったのだった。


――さすがにまだ目を覚まさないか……。


 誠司は安堵のため息を一つついた。


――でもかえってそのほうが都合がいい。騒がれる前にコアっぽいのを破壊してしまえばいいし、転移魔法でさっさと帰ってしまい、あとで適当に誤魔化せばいい。二日もかけて移動して来たから、俺、明日から普通に向こうの世界で仕事なんだよな……。


 誠司は軽くため息をついて立ち上がり、部屋の中央にある奇妙な物体に剣を向けた。


――またあんなゴブリンみたいのが生まれたらいつ誰が被害に遭うかわからんからな。


「とりあえず、SPが手に入るかもしれんからブッ壊すか」


 そう言って剣を一振り。誠司は奇妙な物体を両断しる。


 するとその直後、まるで地震であるかのようにダンジョンの床が大きく揺れ動いた。


「これは……ダンジョン消滅の前兆か? それとも……?」


 誠司はエマを一目見る。


――ダンジョンが消滅するときに内部に残ってる人間はどうなるんだ? こんなことならもっと詳しく聞いておくんだったな。


「ま、エマをこのまま放置しておく訳にもいかんし、とりあえず転移魔法で帰るか……」


 誠司はエマを抱き抱えて転移魔法で屋敷へと戻ったのだった。




 誠司がエマを抱き抱えて屋敷へ戻るとすぐに駆け寄って来たのはオリビアだった。


「おかえりなさいませ旦那様。こちらのお方は……?」


「即席のパーティーメンバーと言ったところですね。実はダンジョン攻略に行ってまして」


「まさか旦那様、お怪我のほうは!?」


「いや、俺のほうは特に。それよりもエマをどこかに寝かしてやりたいんですが」


「かしこまりました。ではこちらへ……」


 誠司はオリビアについて客間の一つへ気を失ったままのエマを連れて入った。




 エマをベッドに寝かしたあと、オリビアは誠司に尋ねた。


「それで旦那様。この方はいったいどうされたのですか?」


「実はダンジョン内で例の黒いゴブリンと交戦しましてね。ホンのかすり傷だったんですが、黒い障気のようなものに侵食されて気を失ったんです」


「そうでしたか……旦那様のほうは問題はありませんでしたか?」


「俺のほうはSPを稼がせてもらいました……だけど、この事件の問題はほかにあって」


「黒いゴブリン……ですか?」


「ええ、黒いゴブリン。不思議なことにそのダンジョンは中央のコアっぽい物体がある部屋にしかモンスターは存在しませんでした。その黒いゴブリンにしても、ダンジョン内で生み出されたと言うより集落ごとダンジョン生成に巻き込まれたと言った感じでして……」


「実質、モンスターのいないダンジョンということですか……」


「内部の様子もまるで生き物の胎内であるかのように胎動していたんです。コアっぽいものも臓物のようでしたし……エマもこんなダンジョンは初めてだと言っていました」


「生き物の胎内のようなダンジョン……。私も聞き覚えがありませんね」


「……黒いゴブリンに見たこともないダンジョン。これは何か関係がありそうですね」


「たしかに……。旦那様、そのダンジョンはどうされたのです?」


「ひとまずコアっぽいものは破壊しました。……宝石の森にも近いですし、ダンジョンから抜け出した黒いゴブリンがまた森の中を彷徨きだしたら危ないですからね」


「そうでしたか……では旦那様。コアを破壊されたあとのダンジョンはどんな様子でしたか?」


「まるで地震みたいに床が揺れて……これがダンジョンの消滅なのかと思ったのですが、巻き込まれるのが心配だったので、エマを連れてこうして転移魔法で戻ってきたというわけです」


「ダンジョンの消滅でしたら、そのときに内部にいても入り口だった場所に戻されるだけなので心配はいりませんよ。……ですがなるほど、ダンジョンの消滅自体は普通のダンジョンと同じように感じますね」


「そうなると、やっぱりアレがダンジョンコアで合ってたことになるな……」


――そういえばスマホで写真も撮ってきてたな。


「そういえばダンジョン内部の写真も撮ってきたんです……良かったらご覧になりますか?」


「よろしければ、ぜひ」


 誠司はスマホを取り出して、撮影してきた写真をオリビアに見せた。


「これは……たしかにこんなダンジョンやコアは見たことがありませんね。それにこのゴブリンたち……」


 オリビアは何かを考えるように間を置いたあとに続けた。


「旦那様……やはり私はこの情報を然るべきところへ提供し、対策を考えたほうがよいと考えます」


「同感です。ですが正直、俺は目立ちたくないってのもありますから……もし良かったら、この写真を今からコンビニで印刷してきてもいいですかね? 提供役を誰かほかの人に代わってもらえたらと思ってるんですが……」


「わかりました……ではその役目、私が引き受けますね」


「ありがとうございますオリビアさん。では俺はさっそく日本に戻って印刷をしてきます。エマのこと、よろしくお願いしますね」


「はい。かしこまりました」


 それから誠司は転移の鍵を用いて日本の自宅へと転移したのであった。

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