第22話 黒いゴブリン


 エマの叫びを聞いてようやく誠司は面倒くさそうに反応を示す。


「おいエマ。誰がそんな冗談に……」


 だが、スマホから目を離した誠司は言葉を失った。


 そのときにはもう、二人が奇妙な物体に近づく途中で間を通り抜けて来た死体も含めて、部屋中のゴブリンが一斉に目覚めたかのようにその身体を起こしていたのだった。


 そしてそのゴブリンたちの身体はみんな等しく黒ずんでいる。


 誠司たちは部屋の中央、そして起き上がったゴブリンたちは部屋中に点在し、誠司たちは完全に囲まれてしまっていた。


「ようやく出たなSP!」


 しかしそんな状況にも関わらず、誠司の目は途端にキラキラと輝き出した。


「ゴブリンだよっ!」


 エマは緊張感を解かぬままツッコんだ。


「しかも明らかに普通のゴブリンじゃない……黒いゴブリン……」


 エマの呟きに誠司も眉を顰めた。


――そうだ。こいつらまるで宝石の森に現れた黒いゴブリンじゃないか。なんでこんなところに……。


 そう思いつつも誠司はすぐにスマホをしまい、代わりに剣を構える。


「本当にいたんだ……黒いゴブリン……」


 険しい表情でエマが言った。


「エマ。こいつらのことを何か知ってるのか?」


「アタシも見たのは初めてだけどね……ギルドでもちょっとした噂になってんのよ。宝石の森に死なない黒いゴブリンが出る……って」


「あぁ……俺も見た」


「セージも遭遇してたのね……ま、おおかた新米冒険者が単なるホブゴブリンとかに手こずって逃げ帰って来たのを恥ずかしくて盛っただけだと思われてたんだけど……」


「たしかに首を切り落としても死なかったからな」


「マジかセージ……アンタそこまでガッツリと戦ってたのか……」


「しかもあの黒い瘴気のようなやつ、まるで毒のように感染して痛ぇし、回復魔法も回復薬もまるで効かなかったからな……」


「は? なんでアンタそんなことまで知ってんのよ? ……てか魔法や薬が効かんなら、なんでセージ生きてんのよ」


「ん~……不思議だよな」


 誠司は呑気に首を傾げて見せた。


「おい~っ! こんな状況で隠しごとはやめてよ!」


「そりゃお互い様だ。エマも俺に隠しごとしてただろう? ほら、A級冒険者なんてエマがなんで宝石の森なんかで調査なんかしてたのか……あの黒いゴブリンに関係してるんだろう?」


 エマは困った顔で頭を掻き毟りながら自棄のように答える。


「ああ、もう! わかったわよ! そうよ、そう! いくら新米冒険者の与太話だったとしても遭遇したのが一人や二人じゃないから念のためにアタシが派遣されたのよ! ……こんな話を広めたくはなかったけど、セージが最初から知ってたのなら隠す意味なんかないからね」


「やっぱりな……ソフィアとニーナが言ってたとおりだ。そうそうお目にかかれるゴブリンじゃないらしい」


「そんなにノンビリと言ってるけどね! もっと自分の身を心配しなさいよ! ゴブリンとは言え不死身の軍隊に囲まれてんのよ!? しかもセージの言ってることが本当なら、こっちは一撃でも貰ったら感染する黒い瘴気が致命傷になるんじゃないの!?」


「まぁ、それはそうなんだが……」


 誠司はそう言いつつ剣を構えてエマの前に出た。


「俺は一度、こいつを倒しているからな」


「は? 首を落としても死ななかったんでしょ? そんなの魔法も使えないセージがどうやって……?」


――なんだか喋るとまた面倒になりそうだな……。


「ま、企業秘密ってことでここは一つ」


 それだけ言って誠司は一人で黒いゴブリンの群れの中に飛び込んで行った。


「エマは手を出すなよ? このSPは全部俺のもんだ!」


「いやゴブリンだよっ! てか出さねーよ!」


 ツッコミを入れるエマを尻目に誠司はゴブリンを次々と剣で切り捨てて駆け回った。


「やっぱりな。不死身だかなんだか知らんが、俺の拒絶スキルで無効化できるっぽいぞ……?」


 誠司がやすやすと黒いゴブリンを切り捨てて回る様子を見てエマは首を傾げた。


「あれ……? 黒いゴブリン、不死身なんじゃないのかよ……? ウソかよ……?」


 そんなエマの呆けた様子を気にすることもなくゴブリンを切って回る誠司。


「ははっ! ゾンビっぽいだけあって動きは普通のゴブリンより鈍いし、いい的だな!」


 誠司のテンションは徐々に上がっていく。


「ゴブリン狩りで慣らした俺からしたら、ただのSPが転がってるようだ!」


「いやいや……調子のいいとこ悪いけど、アンタの動きそのものはチャンバラごっこしてる子どもだかんね? ……でも、素人丸出しのくせになんでそんな強いんよ……?」


「装備品の性能の差が、戦力の決定的差だということを教えてやんよー!」


「は……はは……な、なぁんだ……わかったぞ? ゴブリンども、実は見かけ倒しでザコなんじゃね……?」


 エマは脱力するのを禁じ得なかった。


「おいエマ、うしろっ!」


「えっ!?」


 そんな油断したエマのうしろから襲いかかるゴブリンがいた。


「って、あっぶねー!」


 しかしエマも間一髪でゴブリンの攻撃を飛び退いてかわし、すかさず反撃で一閃、その首をかき切った。


「ごっめーん! あんまりセージがサクサク切ってるもんだから、つい油断しちゃった」


 エマはそう戯けて舌を見せるが、そのうしろでは首を切られたゴブリンが倒れることなく再度エマに飛び掛かっていた。


「おいバカッ!」


「えっ!?」


 今度ばかりは完全に油断していたエマは背後からのゴブリンの攻撃に反応しきれていなかった。


――くそっ! 世話の焼ける……!


「ホーリーレイ!」


「はあっ!?」


 誠司の指先から放たれた閃光が自身の頬スレスレを通って行ったエマはしばし呆然とした。


 しかしそのあと、ゆっくりとうしろを振り返ったとき、胴体に穴の空いたゴブリンが灰のように消えていくのを見て戦慄する。


「ボサッとすんな! 自分の身くらい守ってくれ! 俺は今SP稼ぎで忙しいんだっ!」


 誠司の叱責を受けてエマは余計に呆然とする。


「いやSP稼ぎって……こんなに可愛いエマちゃんはどうでもいいんかい!」


「当たり前だ! SPこそ至高ッ! SP以外に興味なんかねぇーっ!」


「性格変わり過ぎぃ!」


 テンションの上がり切った誠司は雄叫びを上げながら剣を振るっている。


「えっと……セージが斬って回ってるゴブリンはどう見ても不死身には見えないんだけど、もしかして、さっきのゴブリンはアタシの幻覚かな?」


 あまりに現実感のない光景に首を傾げたエマは手頃な位置にいたゴブリンに向かって投げナイフを放つ。それは見事にゴブリンの額に深々と突き刺さり、普通であれば致命傷になるものであったが、そのゴブリンは何らダメージを受けた様子もなくエマに向かって躙り寄っていた。


「あ、うん。死なないゴブリンだわ」


 エマは倒すことを諦めた。


「あっ! エマお前! 俺のSPをパクるんじゃねー! ホーリーレイ!」


 エマのナイフが刺さった黒いゴブリンを離れた位置から放たれた誠司の光魔法が消し去っていく。


「……え? 何これ? ゴブリン本当に死なないじゃん。……なのになんでセージはバッサバッサっての? てか魔法は使えないんじゃなかったの……? しかもその光魔法、なんで中級から習得してんの……? もう意味がわかんねー……」


――こうなるから魔法は使いたくなかったのにエマのやつがヘマするから……まぁいい、そんなことよりも、だ。


「オラオラオラァ! SP! SP! SP! SP!」


 誠司は一心不乱に手に持った剣を振り回して黒いゴブリンを切り捨て回り、やがて部屋中のゴブリンを全て灰に還したのだった。

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