第21話 ダンジョンコア
ダンジョンの内壁は仄かに発光しているものの、それでも内部の視界は悪い。
「ナイトサイト」
エマは夜目が効くようになる魔法を使用した。
「おぉ。これは視界が明るくなったな」
「別に驚くようなことじゃないでしょうに」
「そうなのか?」
「逆にシーフで夜目も効かないって想像できる?」
「ほう、エマはシーフだったのか」
「そこからかよ~……」
エマはそこで思い出したように言う。
「でも、そういえばアタシもセージの職業を知らないんだった……なんなの?」
――ついうっかりトラック運転手なんて答えてしまいそうだが、さすがにそれはやめておいたほうが良さそうだ。
「俺は別に職業とかはどうでもいいと思ってるからな……戦士でも魔法使いでも適当でいい」
「アンタ、魔法使えまいよ」
「じゃあ勇者で」
「それ、少年がもっと瞳を輝かせながら言うやつね」
エマはため息をひとつ。
「……ま、いっか。アタシくらいになると戦闘でセージに合わせるくらいどうってことないし」
「……魔法が必要なときは頼ってもいいのか?」
「ダメダメ。アタシ、シーフだし基本的に魔法は探索系以外からっきし」
「じゃあ魔法しか効かないようなモンスターが出てきたら昨日言ってたようにお手上げってことか」
誠司は少し考えて続ける。
「なぁ、やっぱり魔法使いがパーティーにいないって割とヤバいんじゃないのか?」
「そうね。アタシも普通ならそう思ってたところ」
「普通だったら?」
「……セージ、アンタが普通じゃないわけよ」
「やっぱりそうなのか」
「なんていうか、絶対に大丈夫だと思ってる感が全開で垂れ流されてんのよね……。だから底が知れないって言うか、セージがまだ隠してる何かでなんとかしてしまうんだろうなって気がするわけ」
「俺は他人に期待もしないし、期待されたくもないんだが?」
「まぁまぁ。いざってときはよろしくお願いしますよ~?」
「都合のいい奴」
「そうだよ~? いざとなったらセージを身代わりに、アタシ逃げちゃうかもね」
「そうするのが無難だな。いざというときにはお互いに構いっ子なしでいこうぜ? そのほうが俺も気楽だ」
「……お、おう」
エマは誠司の反応に驚きつつ、その顔を見せないように逸らした。
そんなふうにくだらない話をしながらダンジョン内を進むことしばらく、徐々にエマは表情を曇らせて行った。
「やっぱりこのダンジョン、何かおかしい……モンスターが全然いない」
「話が違うじゃないか……もっとウジャウジャ出てきてもらわないと困るんだが」
「そんなことで困る奴はセージだけだが?」
エマは呆れた顔で言う。
「ただ、モンスターどころか価値のありそうな物すら一個もないのはアタシも困るんだよね」
「ハズレダンジョンってことか?」
「いや、そう決めつけるのは早計かも。とにかく、もう少し探索してみましょう」
「賛成だ」
二人はその後も黙々と探索を続け、やがて大広間に出た。
部屋の中心には脈打つ臓物のようなものが存在し、部屋の壁から伸びる複数の管で繋がれている。
「なんだこれ? まさか心臓……とかじゃないよな?」
「奇遇ね、アタシも一瞬同じことを考えたわ」
二人はその奇妙な物体を前に足を止め、眉を顰めた。
「もしかしてこれがダンジョンコアってやつなのか?」
「わからない」
「わからないって、ダンジョンに慣れた冒険者でもそんなことがあるのか?」
「今までアタシが見てきたのはもっと無機質なコアしかないの。……でもこのダンジョンは何から何まで異常よ」
「なぁ……これって本当にダンジョンなのか?」
「セージの言いたいことはアタシにもわかる……このダンジョンが実はダンジョンじゃなくて、生きてるんじゃないかってことでしょ?」
「あぁ……先入観のない俺からしたら途方もない大きさの生き物の胎内に入ってるとしか思えない」
「モンスターもいなければ宝箱もない……そりゃそうよね、生き物って仮説が正しければダンジョンじゃないんだし」
「なぁ……これって、俺たち食われてしまったようなものなのか?」
「やめてよ! 縁起でもない」
「もしかして消化されちまったりしてな」
「こんなところでセージと心中なんてまっぴらゴメンね」
「なら早いとこコアでも破壊しちまおうか……モンスターも湧かない無益なダンジョンに用はないからな」
誠司は淡々と剣に手を掛けた。
「ちょっ! そんな簡単に決めちゃっていい訳ないでしょうが!」
そんな誠司をエマが手で制して止める。
「こんな普通じゃないダンジョン、もっと良く調べてみないと……ただのカンだけど、なんか悪いことの前兆のような気がして……」
「はは、まさかこんな広大な胎内を持つ巨大生物が復活する……とでも言うつもりか?」
誠司は他人事のように笑い飛ばした。
「いや、それも含めてだってば! そもそも生き物かどうかもわからないけど、もうアタシたちだけで判断できるような問題じゃないでしょ!?」
「なら、なおさらこの場で破壊したほうがいいんじゃないのか?」
「脳筋かっ!」
エマは呆れたようにツッコんだ。
「ここはアタシが偶然に見つけただけのダンジョンなの。別の場所にも同じようなものがあるかもしれないでしょ!? ここだけ解決して済むような話じゃないかもしれないの!」
「……まぁ、そうかもしれんな」
「ここで対応ミスって街に被害が出るような事態だけは避けるべき。……大丈夫、少なくともアタシがここを見つけてから二週間程度は経過してるけど、周囲に大きな影響はなかったでしょ?」
「街からだいぶ離れてはいるが、仮に巨大生物だとしたら危険には変わりないってことか」
「そう。だから私たちが今できることは、すぐに街に戻ってこのことを公表し、みんなの知見を集めること。もう第一発見者の特権とか言ってる場合じゃない」
「なるほど……金に目の眩んだエマがそこまで言うんだ、よっぽどのことなのはわかった」
「ひとこと余計だっ!」
エマのローキックが誠司に入るが誠司にはダメージが入らない。
「ははは。ま、わかったよ。エマの言うとおりにしよう……だが、持ち帰る情報は多いほうがいいよな?」
誠司はポケットからスマホを取り出した。
「何それ? 何をする気?」
「写真……と言って伝わるかわからんが、目の前の光景を精密な絵に写すようなもんだ……これはその、魔道具? みたいなもんだ」
「魔道具って、セージアンタ……やっぱどこのお貴族さんよ?」
――あ、やっぱりこれも自重しておくべきところだったのか。
誠司は軽く咳払いしながらスマホを奇妙な物体に向けて構える。
「細かい詮索はあとにしてくれ……とりあえず今はさっさと写真を撮って……」
スマホ画面に奇妙な物体を収めた誠司はそこで一度言葉を止めた。
「……なんだろう? コアっぽい物の近くになんか転がってないか?」
誠司は一度スマホを下ろし、目を凝らしてそれを見た。
「なになに……? 何が転がってるって……?」
エマもそれに倣って見る。
「ゴブリンの死体かな……? こんなところまで迷い込んで来たってこと……?」
「けっこうな数だな……集団で迷い込んだ挙げ句、飢え死にでもしたか?」
「たしかに空間の歪みから迷い込んで来た可能性はあるけど……」
「もう少し近くまで行って確認してみよう」
そう言って誠司は迷いなくコアに近づいて行く。
「アンタ本当に物怖じしないわねー」
仕方なくエマもそれに続く。その過程で周囲を見渡せば、そのゴブリンたちの死体は奇妙な物体の周りだけでなく、室内に点在していることがわかる。
二人はそんなゴブリンたちの死体の間を通って奇妙な物体に近づいた。
「このゴブリンたち、なんでこんな何もないところに集まってたんだろう……?」
「ここが迷い込んだダンジョンの中心部だったからじゃないか?」
「そうかなぁ?」
「ま、考えても仕方ないし、写真を撮って早いとこ帰ろうか」
誠司が淡々とスマホを構え、撮影しようとしたときだった。
「セージ待った! 様子がおかしい!」
エマが張り詰めた声を上げた。
「ん、なんだ? 今、安っぽいCG画像に見えないように撮るにはどうしたらって必死に考えてんだよ」
「んな場合かっ! まわり見ろ! 死ぬぞ!」
「は? 何言ってんだエマ、こんな何もないところで……」
「動いてるんだよ死体が! 死体だったゴブリンに囲まれた!」
エマは誠司に背中合わせにくっつき、短剣を持ったその肘で誠司を突いた。
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