第13話 若者の扱いに悩みだしたらおっさん
「ほんっと~にすみませんでした黒沢さん!」
ラーメン屋のカウンター席で注文の品を待ちながら里緒は誠司に頭を下げた。
「私もう、どうやって断ったらいいんだか全然わからなくなっちゃって……」
「で、目の前に俺がいたと」
「ゴメンナサイ~」
里緒は泣きそうな顔を作って言っていた。
「もういいよ。ラーメンもご馳走になるし」
「でも良かったんですか? 本当にラーメンなんかで……」
――どうしてもお礼に奢らせろって言うから仕方なくだけど、給与もそんなに高くない新人の女の子に高い金は出させられないだろ……。
「しかも単品なんて。今からでも半チャーハンセットとかにしますか!?」
「い、いいんだよ……実は家で夕飯とか作ってもらってあって……帰ってから食べられないなんて言えないしさ」
「あっ……重ね重ねゴメンナサイ。そうですよね、彼女さんとか……会社で変なふうに広まっちゃったら私どうしよう~……」
「まぁ逆に俺とは歳が離れてるおかげでセーフでしょ。それにあの状況だから皆わかってくれるよ」
「そうでしょうか……?」
「そうそう。みんな古賀くんの態度はどうなのかって知ってるからね~」
「黒沢さんは、それでいいんですか?」
「いいって、何が?」
「絶対ナメられてますよね。古賀さんのあの態度」
「だろうねぇ……だけど所詮、その程度のことだからねぇ」
「プライドとかないんですか!? 悔しくないんですか?」
「ん~……昔なら、そう思ったかもね」
「今は違うんですか?」
「そうだね、違う。そこまで興味は持ってないかな。会社も。会社の人間関係も。だからどうでもいいんだ」
「えっと……」
「あ、ごめん。こんな話、新人の子にするべきじゃなかった。今のは忘れて」
「あはは……先輩の貴重なお話ということで」
里緒の困惑の笑いを挟んで会話は止まる。
――若い頃はこういう変な間、苦手だったなぁ。それが良いことかは別問題として、和泉さんとの人間関係にも興味のない俺にとってはどうでもいいことなんだけど。
――なんなら気まずい雰囲気で素早くこの場を切り上げてSP稼ぎに向かいたいまである。
そんな誠司の気も知らず、里緒は会話のない雰囲気に戸惑っている様子だった。
「別に無理に話題を探そうとしなくてもいいよ。ラーメン食ってそれで終わり、それでいいんじゃない?」
「えっ!? あはは~……わかっちゃいます?」
「俺も和泉さんくらいの年齢を通過してきてるおっさんだからね。気ぃ遣って話しにくいのはわかるよ」
「あはは~……弱ったなぁ、黒沢さんには筒抜けかぁ」
里緒はまた困ったように笑った。
「でも、黒沢さん全然話しにくいなんてことはないですよ。むしろそう言ってもらえて少し楽になりました」
「それなら良かった」
「まだまだ社会経験が足りてないんだな~、私」
「若い子は大変だねぇ。あの様子じゃ結構しつこく誘われてるんだ」
「そ~なんですよ! それも古賀さんだけじゃないっていうか……もういっそ入社一年目の女の子には声かけちゃダメって法律を作ればいいのに」
「面白いこと言うね」
「面白くないですよ、迷惑ですホントに」
「そう言わないでやってくれよ。今は男だって肩身狭くて大変なんだから。そんなこと言ったら誘いにくくて男女が分裂しちゃうよ」
「あ! 黒沢さん、まさか古賀さんの肩持つんですか!?」
「そうじゃないけど……ま、古賀くんもまだ若いし多少は理解してあげないとね。和泉さんも、これもひとつの社会勉強と思って」
「あ~。私、今初めて黒沢さんのこと、おじさんだと思ったかも」
――この子も意外と強いな。どうなってんだ最近の若者は。
「歳とればそういうもんだよ。説教するつもりはないんだけどなぁ」
「別に黒沢さんに説教されてるなんて思ってないですよ……でも、なんか違うんですよね」
「違う?」
「はい。なんかこう、黒沢さんて色々経験を積んで大人になるとか、そういう感じじゃなくて……」
里緒は誠司の顔を覗き込むように言った。
「なんか色々、諦めきってる感じ」
誠司は一瞬ハッとした。
「……驚いたな。否定できないって思ったよ」
「ですよね。私もずいぶん失礼なこと言ってるかもだし、古賀さんにしても態度ナメきってるし……それでも黒沢さん、全然気にしないっていうのはたぶん、大人の態度とか許すとかじゃなくって……」
里緒は瞳の奥まで見透かすような目で誠司を真剣に見ていた。
「諦めてるから」
誠司は里緒から重圧を感じて身体を少し引いた。
――そのとおりだ。富も名声もチート能力もスローライフもハーレムも世界の半分も興味はない。欲しいものはこの意識から開放してくれる安楽死スキルだけ。
それはこの世の全てに絶望し、諦めているからにほかならない。
「俺、実は死にたいんだよね」
それはつい口を突いて出た言葉だった。
「えっ!?」
里緒は予想外といった表情を見せる。
「あ、いや……なんてね。冗談冗談」
誠司は咄嗟に取り繕う。
――新人の女の子に、なんてことを言ってるんだ俺は。
「いやぁ……それ、マジっすか~……」
――流石に和泉さんも素が出てるくらい引いてるな。
「駄目かな、今更取り繕っても……ついポロッと言ってしまった……」
「た、大変ですね……大人も、色々……」
――くそぅ。新人の女の子に変に気を遣われてしまうなんて情けないな、俺も。
「なんかこう、すごく納得もしましたけど。黒沢さんの態度の背景とか……」
「諦めてる感じ?」
「そうですね」
里緒はまた困ったように笑った。
「良かったら、聞きますよ? 今日は助けてもらっちゃったし」
「いや、流石にちょっと……いくら俺でも新人の女の子にいきなりこんな話をするのはどうかと思って反省してる……」
「あははっ! 今さら!?」
「あの、できればこのことは会社では……」
「わかってます! 私と黒沢さんだけの秘密、ですねっ!」
里緒は清々しいほど明るく笑って見せた。
「ありがとう、和泉さん」
誠司がそう言うと里緒は少し悪い顔をした。
「あっ! じゃあその代わりにこうしましょうよ! 黒沢さんは私のことを里緒ちゃんって呼ぶ。私は黒沢さんのことを誠司さんって呼ぶ」
「えっ? それはどういう意味?」
「だってそうじゃないですか。ふたりだけの秘密なんて、私たち仲良しさんですよね?」
「それはつまり、俺に男性社員からの風よけになれってことでいいのかな?」
「そこまでは言いませんよ~。でももし今度私が男の人に誘われて、断われきれそうになかったときだけ、黒沢さんとの約束があることにさせてください!」
――なるほど……見た目以上にしたたかだな、最近の子は。
「それは構わないけど……信じてもらえる?」
「大丈夫ですって。今日みたいに相談があるだけって設定なら。あ! じゃあ口裏合わせのために連絡先交換しましょ~!」
「わ、わかったよ……」
誠司と里緒はスマホの連絡先を交換した。
「それじゃあこれから、よろしくお願いしますね! 誠司さん!」
里緒は屈託なく笑った。
「お手柔らかにね、里緒ちゃん」
そう言って誠司は伝票を取り上げる。
「あっ! 誠司さん、今日は私が出す約束ですけど」
「いやいや……こうなっちゃった上にさらにお代まで出してもらうってのはさすがに無理だよ。これ以上、俺を情けなくしないでおくれ」
「あはっ!」
里緒は悪戯に笑う。
「なんか誠司さん、前よりずっといい雰囲気になりましたね!」
誠司は若者の扱いに困り果てていた。
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