第11話 寝室


 誠司の前を優雅に歩いて案内するオリビアが大きな扉の前で振り返った。


「こちらが旦那様の寝室になります」


 寝室は贅沢な装飾と優雅な雰囲気に包まれていた。まず重厚な木製の扉を開けると高い天井と壁一面に掛けられた豪華なタペストリーが目に飛び込んでくる。


 床には柔らかな絨毯が敷かれ、足元には足音が鳴り響くことなく静寂を保つ。


 寝室の中央には大きなベッドが据えられている。豪華なシルクのシーツとふわふわの枕が並び、ヘッドボードは高貴な彫刻と宝石で飾られていた。


 部屋の隅には美しい暖炉が設置されており、その上には高価な花瓶や美しい彫刻品が飾られている。暖炉のそばにはふかふかのカーペットが敷かれ、大きな窓からは美しい庭園や満天の星空が望め、夜空の輝きが部屋に幻想的な光をもたらす。


 寝室の奥には専用のバスルームが備えられ、大理石の浴槽やシャワールームまでもが設置されている。


 部屋全体には心地よいアロマが漂い、まさに王族の住まう場所であるかのような豪華さを誇った。


「すごい豪華な部屋ですね……逆に落ち着かないかも知れません」


 部屋に立ち入って見渡しながら誠司は言った。


「うふふ。祐介様も初めは同じようなことを仰っていました」


「俺、本当にここで寝泊まりしていいんでしょうか?」


「もちろんです」


「上手く寝つけるだろうか……」


「何か御用がありましたらヘッドボードに備え付きの呼び鈴をご使用くださいませ」


 オリビアは笑顔で続ける。


「24時間、夜伽でもなんでも、お気軽にお申し付けくださいね」


 誠司はため息をひとつ。


「そういえばオリビアさん。先ほどはお風呂で娘たちになんてことをさせようとしていたんですか」


 オリビアは少しすました顔でとぼけながら答える。


「申し訳ありません。娘たちでは旦那様のお好みに合いませんでしたか?」


「ではなくて。俺、そういうことは求めないと伝えたはずですが?」


「……申し訳ございません」


 オリビアは丁寧に頭を下げた。


「お気持ちは大変嬉しいのですが、逆に落ち着かなくなりますので、明日以降はひとりで入浴させてくださいね」


「……かしこまりました」


 オリビアの耳と尻尾は少し下向きに垂れた。


 が、それもまたすぐに元気に伸び上がり、誠司の隙を狙うかのように悪戯めいた表情になる。


「では、明日からということで、今宵はいかがなさいますか? もしよろしければ私が……」


「オリビアさん?」


「も、申し訳ございません。以後、気をつけますのでどうかご容赦を……」


「いえ、別に怒っている訳ではないんです。でも少し不思議だったものですから。どうして今日初めて会ったばかりの俺にここまで良くしてくれるのかなって」


「それは……」


 オリビアは思い出すように語り始める。


「私たちが誠司様のことを、ずっと昔から知っていたからです」


「ずっと昔から……?」


「ええ。祐介様より、それはもう自慢の息子だと良くお話を伺っておりましたから」


「親父が俺のことを?」


「はい! お写真を拝見させていただいたこともあるんですよ?」


「そうだったんですね」


「とてもお優しかった祐介様が嬉しそうにお話をしてくださるものですから、私たちはずっと前から誠司様に早くお会いできないものかと想いを募らせておりました……でも、実際にお会いしてみるとどうでしょう? ニーナの件もあります、聞いていた以上に素敵なお方だったではありませんか」


「それは当然のことをしたまでです」


「……そのような旦那様に私たちが心惹かれぬ訳はありません」


 そう言うオリビアは先ほどとはうってかわって、真剣な顔で真っ直ぐに誠司を見ていた。


 誠司は困ったように頭をかいた。


「ありがとうございます」


 ほかに言いようがない思いだった。


「そう言ってもらえると、なんだかこの豪華すぎるお屋敷でも居心地良く眠れそうです」


「それは私たちにとっても大変嬉しいお言葉です。ありがとうございます」


「こちらこそ。明日もよろしくお願いします」


「はい! よろしくお願いいたします」


 オリビアは笑顔で答えた。


「ところで旦那様。明日は何時頃に起床なさいますか?」


「そうだった……今日は休日でしたけど明日からまた仕事なんですよ。実家からの出勤ですから朝の7時くらいには起きたいですね」


「かしこまりました。ではまた明朝、7時頃に伺います。おやすみなさいませ」


「みなさんも。おやすみなさい」


 オリビアは丁寧に一礼すると静かにドアを閉めて寝室を出て行った。


 誠司はひとりになるとすぐに身をベッドに投げて一日を振り返っていた。

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