第10話 おふろ


 誠司はまるで王宮のような優雅さに包まれた浴場に圧倒された。


 雄大な景色を臨む窓から月の光が差し込み、水晶のように輝く大理石の床が反射して、部屋全体が神秘的に照らす。


 中央には天然大理石で造られた浴槽。その周りには花々やアロマキャンドルが飾られ、立ち昇る湯気が部屋全体にその芳醇な香りを運んでいる。お湯はもちろんライオン型の彫刻からだ。


 奥にはジャグジーやスチームルームがあり、柔らかな音楽と水の音が心地よく響き渡る。


 高い天井には星空を模した照明が取り付けられ、異世界の夜の幻想的な空間を演出。


 もちろん風情あふれる露天風呂さえも完備だ。


「俺ひとりで入るのがもったいないんだが」


 もちろんこれだけの内容が男湯である。誠司からすれば広すぎて逆に心細いまである。


 そこへ助け舟だ。


「だったらちょうど良かったニャ」


「は……恥ずかしいけど、私、頑張りますぅ」


 浴場の入り口で立ち尽くす誠司の背後からソフィアとニーナの声がした。


「ソフィア、ニーナ。ここは男湯のはずでは?」


 誠司は声のほうへ振り返って言う。


 ソフィアとニーナは既にタオル一枚の姿だ。


「お、お母さんが、旦那様のお背中を流してこいって言って……」


「ボクたちで頑張ってご奉仕するニャ」


「そういう気遣いは不要だと言ったろう?」


 ふたりは目を合わせて少し落ち込んだ様子を見せた。


「ま、今日のところは服も脱いでしまったようだし、ふたりとも風邪をひかないように一緒に温まっていきなさい」


 呆れながらも誠司が言うとふたりの表情も華やぐ。


「旦那様、やっぱり大人ニャ」


「旦那様、お父さんみたい」


「はは、あんまり無防備だと悪い大人はたくさんいるから気をつけるようにね」


「は~い!」


 元気よく返事をして、ふたりは誠司の背中を押す。


「旦那様こっちニャ」


「早速お背中をお流ししますぅ」


「こらこら、あんまりはしゃぐと滑って転ぶよ」


「きゃっ!」


 と誠司が言っている側から足を滑らせて体勢を崩すソフィア。


「おっと」


 それを華麗にキャッチして支える誠司。


「きゃふぅ!」


 その手の中には柔らかな膨らみの感触がある。


「気をつけるようにね」


 しかし誠司は何事もなかったかのようにソフィアの身体を真っ直ぐに立たせた。


「はぅぅ……」


 ソフィアは赤面してしまって動かない。猫耳も尻尾も力なく垂れるだけだ。


 しかし誠司はそんなことを気にせず流し台の前のイスに腰掛けてふたりに声を掛ける。


「それじゃあお言葉に甘えて、背中でも流してもらおうかな」


 誠司は流し台の鏡に写るふたりを見て言った。


「あわわわ……」


 ソフィアはさらに顔を赤らめて身を捩るのみだった。そしてそんな姉の様子を隣で見ていたニーナは今度は自分がと息を荒げる。


「旦那様。ちょっと見てもらいたいものがあるニャ」


 誠司の前に回り、しゃがみ込むニーナ。


「うん? なんだい?」


「実は今日、ゴブリンに斬られたところニャんだけど……」


 そう言ってニーナは恥じらいながら自らのタオルを剥がし一糸まとわぬ姿を誠司の前に晒す。


 スリムなウエストラインに小さなおしり。まだ幼さを残した体つきだが誠司は目を奪われる。だがそれは決して卑猥な視線ではない。


「本当に尻尾が生えてるんだなぁ……」


 おしりの少し上から直に生えている尻尾が落ち着かずに揺れているのが何より誠司の興味を誘っただけだった。


「ち、違うニャ! 見てほしいのは尻尾じゃなくて……」


 ニーナはさらに一步踏み込んで誠司を上目遣いに見上げた。


「き、傷口が残ってないか……み、見てもらいたいのニャ……」


 顔を真っ赤に染め、視線を逸らしながらまだ小さなその膨らみを晒してニーナは言う。しかしそれでも誠司は少しも動じたりしなかった。


「どれどれ……? うん、肩口から深く斬られていたけど、どうやら大丈夫みたいだね。女の子だから傷が残らなくて良かったよ」


「にゃ……?」


 誠司の反応が期待したものと違ったためかニーナも戸惑う。


「ちゃ、ちゃんと触って確かめてほしいニャ!」


 ニーナはやけクソに近い態度で叫ぶ。


「そうかい? どれどれ……」


 誠司は堂々と肩から両胸の間を通って脇腹まで、ニーナの身体をなぞったり、擦ったりして感触を確かめた。


「ひゃううっ!」


 ニーナはもう目を瞑って堪えるばかりだ。母親譲りの猫耳もピンと張っている。


 やがて誠司は手を離し、ニーナに笑顔を向ける。


「大丈夫。変にミミズ腫れになったりデコボコしたりする箇所はないみたいだね。すべすべでとても綺麗な肌だよ」


「あううぅ……」


 誠司の無邪気な笑顔に当てられて、ニーナは力尽きたかのように身体の筋肉を弛緩させて垂れてしまった。


 そこでニーナはふと目の前にある誠司の状態に気づいてしまい、力なく呟く。


「お姉ちゃん……旦那様、ちっとも反応してないニャ……」


「私たちじゃ魅力不足だったのかなぁ……」


 垂れていたのはソフィアとニーナの猫耳や尻尾だけではなかったのだ。


 ソフィアとニーナはさらに凹む。


 そんなふたりを見て誠司は笑う。


「なんかこういうの久しぶりだな。俺も子供たちとお風呂に入って、背中の流しっことかしてたからさ」


 誠司は昔を思い出したように言う。


「ソフィアとニーナがいると、なんとなく子供たちとお風呂に入ってるような気がするよ」


 ソフィアとニーナは視線を合わせた。


「あぅぅ~。私たち、子ども扱いだよぉ」


「旦那様、手強すぎるニャ……」


 そのあと、ふたりは諦めて素直に誠司の背中を流した。




 その後、湯船に肩まで浸かった誠司は脱力した。


「ふう~……ちょうどいい湯加減であったまる~……」


 一息ついたあとに首をグルリと持ち上げて後ろに立っているソフィアとニーナを見る。


「ふたりとも、身体を冷やす前に早く湯船に入りなよ」


 ふたりは顔を赤くして視線を合わせた。


「……は、恥ずかしいよぅ」


「じゃ、じゃあボクから行くニャ!」


 そして意を決したニーナはタオルを剥ぎ取って勢いよく浴槽へと飛び込んだ。


「こらニーナ。お風呂へはもっと静かに入らないとダメだぞ?」


「ご、ごめんなさいニャ」


 ニーナは身体を全部お湯に沈めて、さらに両手で身体を隠しつつもゆっくりと誠司の左隣に移動して並ぶ。


「わ、私も……失礼しますぅ」


 ソフィアも覚悟を決めた様子で誠司の右隣へゆっくりと足のつま先から入浴した。


「いい湯だね~」


 誠司はのんびりと足を伸ばして身体を休めた。それでも両隣のふたりは緊張で固くなったままだ。しかも、それでいて視線はチラチラと誠司の股間に向かいがち。


 そんな様子にも気づいている誠司は余裕の態度で笑う。


「ふたりとも、大人を相手に無理して慣れないことをしようとするからだぞ?」


「か、完全にバレてるニャ……」


「お、おもてなししたかったのにぃ……」


 ふたりとも観念したように身体の力を抜く。


「でも、ふたりともありがとう。ここまで歓迎してもらえるとは思わなかったから、嬉しかったよ」


 誠司の言葉にふたりは花開くような笑顔になる。


「私たち、本当は不安だったんですぅ。祐介様がいなくなってしまって、このまま誰も来てくれなかったらどうしようって……」


「旦那様が来てくれて、本当に、本っ当ぉ~っに、嬉しかったニャ」


「だから旦那様がどうしたらずっとここにいてくれるかなぁって考えてて……」


「既成事実を作りに来たんだニャ」


 そう言ってふたりは誠司の両肩に直に肌を密着させて顔を寄せた。


「お、お花摘み、しませんかぁ?」


「ボ、ボクたちじゃダメかなぁ?」


 迫るふたりの紅潮した表情はとても艶っぽいものだった。


「こらこらこらこら! 大人をからかうんじゃありません!」


 誠司は堪らずふたりを両手で引き剥がす。


「良くわかったし、そう言ってくれるのは有り難いけれど、ふたりとも、俺の目的を聞いたんだろう? だからあんまり期待されても、俺には応えられそうにないからね?」


「……でも、私たちもその日が来るまでに振り向いてもらえるよう頑張りますぅ」


「旦那様がずっとここにいたいって言うような素敵なレディになって、見返しちゃうニャ!」


 ソフィアとニーナは屈託なく笑い、それをストレートに誠司に向けて挟み撃ちにする。


「旦那様! 大好きニャ!」


「わ、私も大好きですぅ!」


「っと……」


 その純粋な笑顔に誠司も照れを隠し切れず、ついには赤面する。


「あ、あ~。ちょっとノボせてきたなぁ……」


 大人としては認め難い部分もある。


「お、俺はもう十分あったまったし風呂あがるけどさ。ふたりはもう少しゆっくりしてくるといいよ」


 そう言って誠司は素早く立ち上がり、浴室を出ていく。


 そんな様子を見てソフィアとニーナはしばしポカンとしていたが、やがて悪戯な顔で向かい合って言った。


「ニーナ、見た?」


「うん! ちょっとおっきくなってたニャ!」


 ふたりは湯船で小さくガッツポーズをしていた。

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