第9話 イースでの生活
その日の夕暮れ時、客間に滞在していた誠司はオリビアたちから夕食へと招かれた。
いざ向かってみると夕食のテーブルは豪華な料理で溢れており、色とりどりの料理が見事に並べられていた。
白いテーブルクロスの上に金色や銀色の食器やカトラリーが輝き、キャンドルの灯りが柔らかな光で部屋全体を温かく照らす。
メインディッシュは、できたてのローストビーフや鶏のローストが中心に据えられ、その周りには鮮やかな彩りの野菜が美しく盛り付けられていた。
香り高いハーブやスパイスが料理の豊かな味わいを引き立て、誠司の食欲をそそる。
横に並ぶ料理は彩り鮮やかなサラダや、オリビアの手によるフランベやグリル料理など、多彩な味覚を楽しむことができる品々で満たされている。
美しいデザートや贅沢なワインも用意され、とてもとても味わい尽くせないだろう見事な歓迎ぶりだ。
「凄いな……これ、全部オリビアさんたちで作ったんですか?」
「はい! 今日は旦那様の歓迎会ですので、ささやかながら私たちでご用意させていただきました」
オリビアとともにソフィアとニーナも並び、誠司を歓迎する。
「でもごめんなさいニャ。本当は宝石の森で魔法の蜜が採取できていれば、もう一味違ったおもてなしができたのに……」
ニーナが申し訳なさそうな顔をする。
「魔法の蜜?」
「はい。宝石の森に咲く魔力を持った特定の花から採取できる食材です。時期や特殊な採取方法が必要なのでレア食材として有名なんです」
ソフィアが隣で説明をする。
「じゃあふたりは俺を歓迎するために森へ採取に行ってくれてたんだね」
「それなのにあんなことになってしまって……ごめんなさい」
ソフィアが頭を下げ、つられるようにニーナも頭を下げる。
「いいんだよふたりとも。それはもう言いっこなしの約束だろう? むしろ俺のためにありがとう。その気持ちだけですごく嬉しいよ」
オリビアを含めて三人の表情は花のように明るくなる。
「だって、旦那様にはずっとここにいてほしいのニャ~」
「だめだよニーナ。それは旦那様の自由でしょ? 私たちが口に出してはダメ」
口々に言う娘たちをなだめてオリビアが言う。
「すみません旦那様。私たちも旦那様には日本での生活があることを承知しております。ですが、もし私たちのワガママをお聞きいただけるのならば……」
「俺、ここにいていいんですか?」
オリビアの言葉を待たずに誠司は発言した。
その言葉で三人の表情はさらに明るくなる。
「もちろんです! だってここは、もう旦那様のお屋敷なのですから。旦那様が客間でお休みのうちにお部屋の準備も整えておきました!」
「それは嬉しいな。ここへはいつでも転移魔法で来れるから、実はそうしたいなと思っていたんです」
「嬉しいです!」
誠司の言葉に三人の反応が重なる。
「改めてこれからよろしく、三人とも」
「こちらこそ! よろしくお願いいたします」
オリビアたちはそれぞれ跳び上がったり胸をなでおろしたりと喜んだ。
夕食を終えた誠司たちは余韻に浸りながらゆっくりとしていた。
「そういえば、あの黒いゴブリンはいったいなんだったんだろう?」
誠司がふと呟いた。
「あんなゴブリン、見たことないです」
「黒く汚れていた訳でもなかったニャ」
ソフィアとニーナが反応する。
「変異種……という訳でもなさそうですね。死骸を操る魔法の類かも知れません」
オリビアが呟く。
「やはりあれは、イースでも一般的な現象というわけではないんだな。だとすれば黒い瘴気のようなものが怪しいと思うんだが、みんなはどう思う?」
誠司はオリビアたちを見渡す。
「その可能性はあると思います。旦那様やニーナへも傷口から感染しているような状態に見えました」
「ものすごく痛くて怖かったニャ……」
ソフィアとニーナが続いた。
「一応聞くけど、ふたりともあんな魔物は初めて見たということでいいのかな?」
誠司の問いにふたりは頷く。
「できれば然るべきところで良く調べてもらったほうがいいとは思うのですが、死骸が消えてしまったというからにはそれも難しいですね」
オリビアが頬に手を当てて言う。
「回復薬も効かず、感染するとなると被害が大きくなりかねません」
「旦那様はどうやって瘴気を払ったのニャ?」
ソフィアとニーナが発言し、視線が誠司に集まる。
「たぶん、親父の残した道具によるものではなくて、俺の固有スキルによるものだと思う」
「さすがは旦那様! すっごいスキルニャ」
「すごいです! それはどんなスキルなんですか?」
興味しんしんの様子でソフィアとニーナが身体を乗り出す。
「こらこら、ふたりとも。スキルの詮索は良くありませんよ。……旦那様、娘たちが申し訳ありません」
「構いませんよ。秘密にしておくほどのことでもありませんから」
誠司は笑って続ける。
「あらゆるものを拒絶する、そういうスキルみたいだね」
それを聞いた三人は視線を寄せ合った。
「ママから聞いたとおりニャ」
「やっぱり旦那様は、なにもかも諦めてしまったんですか?」
ソフィアとニーナは心配そうに誠司の顔を覗く。
「そうだね。今の俺を衝き動かすものがあるとすれば、それは安楽死スキルを手に入れるためのSPだけだ」
淡々と語る誠司を見て三人はとても悲しそうな表情をしたが、やがてニーナが首を傾げる。
「あれ? でもおかしいニャ。それならなんで旦那様はさっき瘴気を拒絶したのニャ?」
「たしかに……もし痛みや感覚だけを拒絶できれば目的は達成できたことになりませんか」
「こらこら! ふたりとも、旦那様に滅多なことを言うものではありません!」
オリビアに窘められてふたりはシュンとする。だが誠司は気にした様子もなかった。
「いや、ふたりの言うことは正しいよ。もしかしたら俺は、心のどこかで死にたくないと思っているのかも知れない」
「死にたいのに、死にたくないニャ?」
「たしかに、矛盾しているように聞こえます」
ソフィアとニーナは葉に衣を着せる様子がなく、それぞれ反対方向に首を傾げた。
誠司はそんなふたりを見て笑った。
「ふたりにはまだ早いかな。人はね、自分のなかにも矛盾を含んで生きていくのが普通のことなんだよ」
「はえ~……ボクには難しいニャ」
「旦那様……すごく大人です!」
そんなふたりを見て誠司はさらに笑う。
「ふたりともありがとう。ふたりが明るくいてくれると、俺も気分が明るくなるよ」
そして誠司は少し自嘲気味に笑う。
「そうか……まだそんなふうに思う俺もいるということか……」
そんな様子を、オリビアはとても心配そうな表情で黙って見ていた。
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