第8話 チートスキル
「えっ?」
信じられない光景だった。声を発する間もない一瞬のうちに、振り返ったニーナは肩から正面を袈裟斬りに斬り伏せられていた。
「いやっ! ニーナ!」
地に倒れるニーナ、叫ぶソフィア。そこで誠司の正常な思考は飛んだ。
「うおおおおおっ!」
飛び出した誠司の手には天十握剣。それを型も何もなくただ前方へと向かって突き出し、ゴブリンの身体を突き抜いたまま体当たりのように木の幹に打ち付けにした。
「誠司様っ!?」
突然の登場に驚くソフィアに目もくれず誠司は剣をさらに深く突き刺す。
呻きを上げて手足を振るうゴブリンの爪が誠司の手の甲を引っ掻くが、それでも誠司は怯まずに突き刺した剣を上下左右に動かしてその臓物を破壊する。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
誠司は無我夢中でゴブリンを殺すべく剣を動かしていた。
やがて。
「せ、誠司様……その……もう、終わりました」
背後からソフィアの声が聞こえて、誠司は我に返った。気づけば打ち付けたゴブリンの身体は消滅し、目の前には木に突き刺した剣だけが残っていた。
「そ、そうだ! ニーナは!?」
誠司が振り返るとそこには倒れたままのニーナと、彼女を前に涙と膝を落とすソフィア。
「ニャ……ごめんなさい旦那様、やられちゃったニャ……」
ニーナの傷はとても深く、即死ではなかったもののソフィアの回復魔法では間に合いそうもなかった。
「ニーナ……ニーナァ……」
ソフィアもまた懸命な回復魔法の裏でその未来を予感しているようだった。
――死なせない。
誠司はすぐさまふたりに駆け寄ると手に持ったマジック・クラッチを漁った。
「なんでもいい! 一番効果の高い回復薬を!」
そして取り出されたのは小さな瓶に詰められた液状の薬だった。
それを見てソフィアは驚く。
「いけません誠司様! 私どもにそのようなお薬など……」
「いいから飲め」
ソフィアはそれを止めかけたが、その前に誠司は飲み口をニーナの口に差し込んでいた。
「ガハッ……」
ニーナは急に流し込まれた液体を飲み込んだあと、一度はその一部を吐き出すが。
「あ……痛いのが引いていくニャ……」
即座に傷口が淡く光り、みるみるうちに塞がっていく。
「ニーナ! ニーナァ!」
倒れたニーナに飛びつくソフィア。
――良かった、なんとかなった……らしい……
そのあとすぐ、誠司が倒れたのは安堵をしてのことではなかった。
「誠司様っ!? 誠司様っ! うそ……傷口が……」
ソフィアの言葉に誠司は手の甲につけられた引っ搔き傷を見た。するとその傷口は黒く変色し、さらにその範囲は徐々に腕を登って侵食を深めていたのだった。
「ウゥッ! アアァッ!」
そして今度は回復を果たしたと思われたニーナからも苦しみの声があがった。見れば傷口は塞がったものの、その周囲の皮膚が黒く変色している。
「うそ!? どうして……? 傷は塞がっているのに……!? ニーナ! 誠司様!」
一度は助かったと思った直後に今度はふたりが同時に倒れ、ソフィアはただ狼狽えることしかできない。
――痛いし苦しい。どうやらこの症状は、この黒い瘴気のようなものによって引き起こされるようだ。毒か? いや違う。思えばゴブリンの首を跳ねたときに血液が吹き出さなかったのはその時点でゴブリンの血の巡りが止まっていたからだ。毒なら死体を動かすような力はないだろう。
誠司は声を発することもできないまま、腕を遡ってくる何かと、それに伴って訪れる激痛に悶えていた。
――それにおかしな点もある。飛竜のときは死んでも死骸が残ったが、ゴブリンは消滅していた……この違いはなんだ……?
「いやぁ! ニーナ! 誠司様!」
ソフィアは取り乱すばかりだ。
――傷口が回復したニーナを見るに、通常の回復薬ではこの黒いアザに対して効果がないようだ。これは万事休すか……
誠司は覚悟を決め、仰向けになった。
――ちくしょう。死ぬのは別に構わないよ。だけどな、殺るなら一瞬でやれよ! クソ、のんびり侵食しやがって……ひと思いに死ねないのなら……痛いのはお断りなんだ!
そのときだった。
意識もしていないのに誠司の目の前にはステータス画面が開いていた。
そしてそこにはこう書かれている。
――固有スキル『拒絶』が発動しました……?
そして気づいたときにはもう、身体の痛みとともに黒いアザもはじめから何もなかったかのように消え去っていた。
「誠司……様?」
何が起きているのかわからないとばかりに不思議そうな表情でソフィアは誠司の呆けた顔を見ていた。
誠司もそのとき、まったくの思考停止状態であった。
「ウウゥ……アアアァァッ……」
その思考を取り戻したのは隣で未だ苦しむニーナの呻き声が耳に入ったからだった。
「そうだ! ニーナ!」
飛び起きた誠司がまずとった行動は、自らの手についた傷から流れた血液をニーナに接種させることだった。
「よくわからんが、俺が助かったのがスキルのおかげなら、俺の血液を通じてニーナの状態も拒絶できれば……!」
「ウウ……アアァ……」
「頑張れニーナ! 今の症状を拒絶しろ!」
誠司は倒れたニーナが持っていた剣でさらに自らの指を深く切り、滲む血液を指ごとニーナに投与した。
「俺の血液が役に立つのかはわからんが、俺に思いつくことはこれくらいしかない……頼む!」
「ニーナ! 頑張って!」
呻き続けるニーナを前に誠司とソフィアは強く祈った。
――ニーナ。俺はお前がこのまま死ぬことを、『拒絶』する!
誠司が強く念じたときだった。
「ウアアアアァッ!」
ひときわ大きくニーナの身体が反れて跳ね上がったかと思えば、その後ニーナの黒いアザも消え去り、その呼吸はゆっくりと落ち着きを取り戻しつつあった。
「無事……か?」
誠司は緊張を緩めない。
「誠司様……! 誠司様……!」
安堵からか、ボロボロと涙を流しながら誠司の服の袖にしがみつくソフィア。
「ふぅ……ふぅ……」
ゆっくりとした呼吸に合わせて上下するニーナの小さな胸。
――どうやら、危機は脱したらしいな。
ようやく誠司も安堵をし、ニーナの口に突っ込んだままの指を引き抜こうとしたときだった。
「旦那様の指……美味しいニャ~」
ヌルッとした舌の感触が誠司の指を舐め回していった。
「こらこら、心配したんだぞ」
誠司は黙って指を引き抜き、ニーナを窘める。
「うん……旦那様。ありがとニャ……」
ニーナはゆっくりと身体を起こし、自分の身体が自由に動くことを確認したあと、誠司の腕に抱きついた。
「旦那様は私の命の恩人ニャ」
そしてそのまま、ニーナは誠司の頬に軽くキスをした。
ソフィアはそんな様子を赤くなった顔で両手の指の間から見ていた。
結局その日は大事をとって、それ以上探索を続けることなく屋敷へと引き返した。
「ニーナ! いったい何がっ!?」
屋敷に戻った3人のうち、ニーナの服が血に染まり破けていたのを見てオリビアが血相を変えて駆け寄ってきた。
「ママ!」
そんな母親を心配させまいと元気に動いて胸に飛び込むニーナ。
「ニーナ。大丈夫なの!? ケガは!?」
「うん。怖かったけど、旦那様が良く効くポーションで治してくれたのニャ」
「ポーションって……こんなに深い切り傷を跡も残さず治すようなポーションなんて……」
オリビアの顔は青ざめる。
「ソフィア。何があったの? 説明して」
誠司に尋ねるのが怖かったのか、オリビアは真顔でソフィアのほうに尋ねた。
ソフィアは一度視線を逸らしたあと、少しの逡巡を経て口を開く。
「首を落としても死なないゴブリンと戦って、ニーナがケガをしたところに誠司様が駆けつけて助けてくれたの……ヴィタルエリクサーを使って……」
「なんてこと……」
ソフィアは泣きそうな顔をし、オリビアの顔はさらに青ざめた。ニーナも持ち前の明るさが吹き飛んで、ことの重みに耐えきれないような雰囲気をまとっている。
「どうしたんだ、3人とも」
誠司の言葉にオリビアがニーナを離し、直立の真顔で答える。
「旦那様がお使いになったお薬は、ここにいる私たち全員の命のよりも重いものです」
3人の身体は小刻みに震えていた。
「なんだ、そんなことか」
誠司は淡々と答えた。
「確認したら同じ薬がまだかなりストレージに残っていました。心配には及びません」
「お言葉ですが、数の問題ではなく、価値の問題です」
「ならば余計に問題ないですね。使ったアイテムは俺にとって大した価値はないですから」
「ですが!」
「安楽死を望む俺なんかに命の価値についてとやかく言われる筋合いはないですか?」
「う……」
オリビアは言葉に詰まった。
「だからこれは単なる価値観の相違です。俺にとって在庫で腐らせておくだけのアイテムより、ニーナのほうがよほど大事ですからね。それにどうしても引け目を感じると言うのなら、そんなわだかまりをつくる原因なんか、今ここで全部叩き割ってしまったほうがいい」
「そっ、それだけはおやめくださいっ!」
言うが早いかマジック・クラッチを開いてその口を逆さまにしようとしていた誠司をオリビアが取り掛かって制止した。
「わ、わかりました……これ以上、私たちは何も申しません。旦那様のお心遣いに深く、深く感謝いたします。本当に、本当にありがとうございました」
そう言ってオリビアは涙を流しながら深々と頭を下げ、それに習うようにソフィアとニーナも頭を下げた。
「気にしないでください。俺の価値観ならオリビアさんに話したとおりですから。できれば契約の件も含めてふたりにも説明しておいてくださいね」
誠司は淡々と話し、屋敷に向かって歩き出す。
「今日は疲れました……客間で少し休ませてもらいますね。少しそっとしておいてください」
そう背中で語る誠司を見て、改めて3人は深々と頭を下げた。
だが、誠司はその様子を背後の雰囲気で感じ取りながらも、緩みのない表情へと戻っていた。
――なるほど。もはや全てがどうでもいいと思えてしまうからこそ、固有スキル『拒絶』を備えている、という訳か。あらゆるものを拒絶する。もう末期だな……死にたい。
誠司は重くため息をつきながら客間で身体を沈め込んでいた。
一方その頃。
某国とある場所にて暗躍する影あり。
「これはまさか奴の気配……? まさかな……」
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