第6話 契約
誠司はひとまず屋敷の客間に通された。
客間はきらびやかで豪華絢爛な屋敷の雰囲気とは若干異なり、静かな贅沢さが漂う落ち着いた空間だった。
壁には木材で作られた美しい装飾が施され、柔らかな照明がその彫刻を際立たせている。
大きな窓からは差し込む陽光が部屋全体を自然に照らし暖かな雰囲気を醸し出す。
客間の中央には材質はともかくシンプルなソファやテーブル、椅子が配置され、その周りには贅沢な絨毯が敷かれている。
手作りの調度品、落ち着いた色合いのカーテン、一角には美しい暖炉が設置されており、そのそばには居心地の良い椅子や小テーブル。
くつろぎのひとときを過ごすのには最適な場所がそこにはあった。
誠司はソファに深々と腰掛けて、オリビアの淹れてくれた上質な紅茶を上質なティーカップで嗜んでいた。
「こちらは祐介様がお客様をおもてなしするためにご用意なさいました自慢の一部屋にございます」
オリビアがそっと口添えた。
「凄いな……キラキラしたお屋敷とはまた違って、落ち着いた豪華さがあるというか」
誠司がそう言うとオリビアの目が光る。
「まさにそのとおりでございます誠司様! 国王陛下が祐介様へ、その親交の深さ故あえてこのように豪華絢爛に造られたこのお屋敷ではございますが、このお部屋に限ってはお客様に心穏やかに過ごしてほしいとの祐介様のお優しいお心が……あ」
そこまで饒舌に語ったオリビアだったが、つい熱が入りすぎたことに気づいた様子で恥ずかしそうに続く言葉を飲み込んだ。
「大変失礼いたしました」
「いやいや、俺の前で気遣いは不要です」
誠司は軽く笑って見せる。
「でもそうか。親父にしては妙に派手なお屋敷だとは思ったけど、そういう訳だったのか」
誠司は深く頷いた。
「しかしまさか国王とも親しくしていたとは驚きだな」
「それはもう。国王陛下も祐介様を王国に引き留めたくてあれやこれやと」
「凄いもんだ」
「既に祐介様の事情についてもご存知のこととは思いますが、こうして誠司様がいらっしゃったと知れば、すぐに誠司様へもお呼びがかかると思いますが……」
「それは困る」
誠司は言い切った。
「俺、あまり目立ちたくはないんです……できればそういうところに俺の情報は流さないようにしてほしいんですが……」
「かしこまりました」
そう言いつつ、オリビアは不安げな表情をした。
「誠司様は、あまりイースをお気に召しませんでしたか?」
「いいえ? まだわからないことが多いですが、俺にはこちらの世界でやりたいことがありますから」
「そうでしたか……」
オリビアは少しだけ安堵の様子を見せる。
「それでしたら是非その間、このお屋敷を拠点になさってください。祐介様の引き継ぎを受けていただいたとあらば、もはやこのお屋敷も全て誠司様のもの。私たちも心から誠司様にお仕えしたく思っております」
オリビアは膝を曲げ、頭を下げて誠司に言った。
「なるほど……ニーナが言っていた新しい旦那様とは、そういう意味だったのですね」
「どうか、前向きにお考えいただきたく」
「わかりました」
誠司は即答した。
――大体、親父が不在前提で屋敷の管理を任せる時点で相当に信頼していた親子ということになる。俺にこの機を逃す理由はない。
「俺としてもこんなに広い屋敷の管理を頼めるのは有り難いです。もしよろしければ親父と同じ条件でお願いしたいのですが」
オリビアの顔がパァッと明るくなる。
「ありがとうございます誠司様……いえ、旦那様。私ども一同、誠心誠意お仕えいたします」
「よろしく、オリビアさん」
「はい!」
オリビアはその美しい顔を綻ばせて返事をしたが、すぐにまた困ったように顔を赤らめた。
「そ、それから、その……雇用契約の内容についてなのですが……」
誠司は首を傾げた。
「どうかしました?」
「実は私たち親子は、祐介様の頃より獣人としては格別のご重用を賜っておりまして……」
「あ、お給金のことならお気になさらず。今までどおり、いえ、昇給すら考えますが」
「いえ、そうではなくて……その……」
オリビアは身を捩りだした。
「私たちは常々、ご提示いただきました条件から、そういった諸々のご奉仕も含めたご重用を賜っているものと思っておりましたので」
誠司は驚いた。
「それは、親父も求めたの?」
「いえ。そういった意味では、私たちは祐介様のご寵愛を賜れませんでした」
誠司は父親のイメージが崩れずに胸を撫で下ろした。
「ですが誠司様はまだお若くありますので、私も、娘たちも、いつでも心の準備は整っております」
誠司は戸惑いもせず、それを軽く笑った。
「なら俺にもそういった気遣いはしなくてもいいですよ」
「そ、それは……私たちではお気に召しませんでしたか?」
「いや、みんなとても魅力的ですよ。でも、俺ももうそんなに本能に忠実な歳ではありませんから」
誠司は淡々と言ったが、偽りはなかった。
――たしかに本能の話をすれば性欲はある。だがそれを言えば俺はそもそも最も根本的な生存本能を理性で踏みつけて安楽死スキルに手を伸ばそうとしているんだ。本能に負ける道理がない。
「みなさんにそういった行為を求めるつもりはありませんので、そのつもりでいてください」
オリビアは意外そうな顔をした。
「ほ、本当ですか……? わ、私はともかく、娘たちはまだピチピチですが……?」
誠司はその言い回しがおかしくて失笑する。
「たしかに……いや失礼。娘さんたちだけでなく、オリビアさんも本当にお綺麗ですよ?」
誠司はまた真顔に戻る。
「ですが、俺はこれでもふたりの子どもを持ちますので、これ以上、生殖活動をする必要がありません」
「で、ですが世の殿方とは、そういうものなのでは……?」
「ではもし信じられないのであれば、はっきりと言いましょう」
誠司は仮面のように笑顔を作って言った。
「興味ありません」
淡々と語る。
「富も名声もチート能力もスローライフもハーレムも世界の半分も、興味ありません」
清々しいほどに淡々と言ってのけたのだ。
「俺が求めるのは安楽死。SPだけです」
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