第5話 お屋敷のメイド親子


 翌日の朝、誠司は再びイースの扉を開いた。


 仕事は休日。その日はより異世界の地に慣れるべく訪れていた。


 父親の本によれば、空島の家にある魔法陣を使って転移をすると記されており、その魔法陣は奥の扉から入れる一室の床に描かれていた。


「本当に大丈夫だろうな……? 親父の本によれば地上にある親父が所有していた屋敷に転移するとのことだったが……」


 未知の存在に身を委ねるにも勇気がいる。誠司はその魔法陣に踏み込むのを躊躇っていた。


「ええい、死なば諸共」


 半ばの自棄になって一気に踏み出せば、その魔法陣に反応して誠司の持った鍵が輝き始め、瞬く間に誠司の身体はその場から消えていた。




 転移した誠司はすぐに注意深く周囲を見渡した。


 そこは屋外であり、装飾された大理石柱をメインに造られたパビリオンの中心に魔法陣は描かれていた。


 さらに目を凝らして辺りを観察すると、どうやらそこはお屋敷の庭園のようであり、絢爛豪華な花々や美しい彫像で彩られ、緑の絨毯の上には優雅な噴水が静かに水しぶきを舞わせていた。


 薔薇の香りが漂い、鳥たちの歌声が風に乗って響く、まるで天国のような場所だった。


「凄いな……こんな庭園は漫画かゲームの中でしか見たことがない」


 庭園の一角には見事な水面が広がり、水上のステップストーンの先には美術品のようなガゼボが目を引きつける。


「あれは悪役令嬢とかが良くお茶とかを嗜む場所だな」


 そしてその視線は自然と庭園の先、一番大きな建物に移る。


「これが本当に親父の家なのか……?」


 それはまるで夢の中にいるような錯覚を覚えるほどの壮麗さを誇り、贅沢に彩られた外観は見る者の目を奪うばかりだった。石造りの柱と装飾が古代の王宮のような雰囲気を醸し出し、屋根にはきらめく宝石のような窓ガラスが取り付けられている。


「どう見ても地味な親父の趣味じゃないな」


 そう言いながらも誠司は庭を道に沿って歩き、やがて屋敷の正面玄関へと辿り着いた。


「お邪魔します……って、今は俺が相続したってことでいいのかな?」


 誠司はその大きな両開きの扉を開き、屋敷の中へと足を踏み入れた。


 まずは広いエントランス。弧を描いて上階へと続く幅の広い階段。吹き抜けの天井から吊るされたシャンデリアが豪奢な光を放ち、大理石の床は足元に華やかな足跡を残す。壁には貴重な絵画や美しいタペストリーが飾られ、豪華な家具や調度品が高貴な雰囲気を醸し出していた。


「……本当に間違ってないよな?」


 誠司が呆けていたそのときだった。


「旦那様……祐介様?」


 屋敷の奥から女性の声がした。


 見れば妙齢の女性が涙さえ流しそうなほど感極まった表情で立ち尽くし、誠司を見ていた。


 白と黒を貴重としたフリル付きのメイド服に身を包んでおり、そのヘッドドレスの付近からはどう見ても装飾品とは思えない獣耳が可愛らしく動いている。


「違います。……俺は祐介の息子、誠司といいます」


 誠司は屋敷に誰かいることに驚きもしたが、まずはと軽く会釈をして言った。


「た、大変失礼致しました」


 誠司の様子を見て、女性のほうも過剰に頭を下げて一礼をし、厳かな足取りで誠司の前まで駆け寄り、もう一度頭を下げた。


 目は少し垂れ目のおっとり顔で、胸は大きく全体的に健康的で安産型な体型である。


 髪は亜麻色の長い髪をストレートに下ろしている清楚な雰囲気の女性だった。


 耳は猫を思わせる形状をしている。


「私はこのお屋敷でメイドをさせていただいております、オリビアと申します」


「これはどうも」


「誠司様のお話はかねがね祐介様より伺っておりました。どうぞこれから、末永くよろしくお願いいたします」


「は、はぁ……親父が、俺のことを……」


「はい。もし、誠司様がこの屋敷を訪ねて来ることがあれば、と」


「それじゃあもしかして、親父の件は知っているということでいいんですか?」


 オリビアはまた涙を堪えるように瞳を閉じてひとつ頷いた。


「じゃあ、もし俺が来なかったら、オリビアさんはどうしていたんですか?」


「……そのときは私たちの自由にと、祐介様は十分な金銭を残してくれました。まずは3年、このお屋敷を管理する報酬として十分な額を。そしてもし誠司様がお越しにならなければ、あとはこのお屋敷の美術品などを自由にと、そう仰ったのです」


「なるほど……では、私たちと言うからにはほかに何人かの方がいるんですね」


「はい。私と私の娘たちふたりを合わせた3人で、今はこのお屋敷の管理をしております」


「娘さん……まだそんなに大きくないですよね?」


「いえ。ふたりとも既に成人しております」


「えっ!?」


 誠司は驚いた。オリビアは成人した子どもがふたりもいる年齢には見えなかったからだ。どうみても20代である。


「そういえば、イースでは15歳で成人でしたね……それにしてもお若い」


「そんな……私はもう36になります」


「まさか一つ年上だったとは……」


「まぁ。誠司様、とても若々しく素敵です」


「それはどうも」


 誠司はお世辞を意にも介さずに返した。


 オリビアはそんな様子をさほど気にしたふうもなく、何かを思い出したように言った。


「申し訳ございません。まずは私たちの自己紹介をするべきでしたね」


 オリビアはそう言って屋敷全体に声を届けるよう手を口元に当てた。


「ソフィア、ニーナ。すぐにエントランスまでいらっしゃい。誠司様がいらっしゃいましたよ」


 すると屋敷の奥からこんな声が返ってくる。


「えっ!? 誠司様って、旦那様の?」


「わ~! ボクたちの新しい旦那様ニャ~!」


 ひとつは控えめで大人しそうな声。


 もうひとつはとびきりに明るい元気な声だ。


 そして駆け足で駆けてくる足音が続き、エントランス二階から対称に分かれる廊下のそれぞれからひとりずつ姿を現した。


 左側の廊下からは白髪のセミロングに眼鏡をかけた大人しそうな少女。母親譲りの美しい身体のシルエットに気品ある身のこなし。


 右側の廊下からは少し赤みがかった髪色のショートで活発そうな少女。引き締まったスリムな体型に物怖じしない表情が光る。


「さぁふたりとも、こちらに来て誠司様に挨拶なさい」


 オリビアが言うと娘たちはそれぞれ笑顔を見せる。


「はい、お母さん」


「は~いっ!」


 ふたりは同時に返事をし、同時に動きだしたのだが、まっさきに誠司の前に来たのは元気なほうの少女だった。


「こらニーナ。なんてはしたない」


 なんとニーナと呼ばれた少女は二階から階段を使わずに吹き抜けを飛び降りて来たのだ。


「てへへ。だって早く旦那様に会いたかったんだもん!」


 ニーナはオリビアのほうへチラリと舌を出した表情を向け、それから誠司のほうに向きなおる。


「はじめまして! ニーナ・ブルームです! こんなに早くお会いできて本当に嬉しいですっ! これから末永く、いっぱい可愛がってくださいニャ! 旦那様っ!」


 ニーナはまるで太陽のように眩しい笑顔を見せて天真爛漫に挨拶をした。


「もう、ニーナったら……まだ誠司様は旦那様になってくれるだなんて仰ってないよ?」


 そんなふうに少し呆れた表情で階段を降りてきた少女は落ち着いて誠司の前で一礼した。


「は、はじめまして……ソフィア・ブルームです。誠司様のご来訪、心より待ち望んでおりました。そ、その……妹ともども、末永く可愛がっていただけますと嬉しいです……」


 ソフィアは少し赤らめた表情で、恥じらいの中に好意と期待を込めるように挨拶をした。


 そして3人はオリビアを中心に並ぶ。


「あらためまして私オリビア・ブルームと娘たち3人、誠司様を心より歓迎申し上げます」


 まるで姉妹のようにさえ見える美人親子にかしこまられて、誠司の心は若干揺れた。

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