第4話 スキルポイント


 その後、叩きつけられて翼と足の折れた飛竜の首を誠司は剣のテストも兼ねて斬り伏せた。


天十握剣あめのとつかのつるぎ……か。少なくとも俺の包丁よりは良く切れるようだ……ちょっとルビが中二病みたいだが、それなりの剣ならそれでいい」


 誠司が困ったのはそのあとの死骸の処理である。


「困った……モンバスなら素材の回収も楽なんだが、そこまでゲームのようにはいかないか」


 悩んだ結果、誠司はその死骸をそのままアイテムを収納するための道具にしまうことにした。


 一見して革製の小さな鞄にも見えるそれは、空間魔法の影響でその入口よりも大きな物も不自然なく取り込めるし、容量も大きい。出し入れもまた取り出そうと思った物が即座に取り出せる優れものであったのだ。


「マジック・クラッチ、これは便利だな……あとで街に降りたときにでも解体屋に持っていこう」


 飛竜の死骸の収納は一瞬のうちに済んだ。


「それでもなんかこう、ゲームをしてるみたいな感覚もあるな……もう長らくゲームなんかしてなかったけど……」


 誠司は苦笑いを浮かべながら、日が暮れる前にと家路を急いだ。




 家に戻った誠司はもう一度良く自分のステータスを確認していた。


 そうしているうちにわかった事実のひとつ。


「おかしい。本に記されている物価の指標とステータスに表示されているお金の表示が変だ」


 天文学的数字のズレが存在している。


――しかも本に記されていることがたしかなら、どうやらこのお金は元の世界に戻っても電子マネーとして使えるらしい……俺、バカになったのかな? 換算レートが間違っているのか? なんだこの額は。バグっているのか?


 誠司は首を傾げた。


「どうやらバグの類ではないようだな……普通に暮らして使いきるのが不可能に思えるよ……姉貴の奴、こっちを相続できてれば良かったのにな、ははは」


 誠司は乾いた笑い声を漏らすしかなかった。


「……ま、それもまたオマケみたいなものか」


 そう呟いたあと、誠司は真顔に戻った。


「飛竜を倒して少しレベルも上がった。能力値も俺本来の数値が誤差レベルで上がった。だが、問題はそんなことじゃない」


 誠司の視線はステータス画面の一点に向けられていた。


「取得可能リストにあるこのスキル、『安楽死』……これだけやけに要求されるスキルポイントが高いな」


 誠司は先ほど飛竜を倒して得たSPの値を見てため息をついた。桁が違いすぎると言わざるをえない。


「というより多分これカンスト値だろうな。どうして……いや、考えてみればスキルを使えば終わりなんだ、あとのことを考える必要がないからこそSPを全て要求してくる訳か……」


 誠司は腕を組み悩む。


「このスキルさえあれば、俺はもうこれ以上苦しまず、ゆっくりと眠れるのに……」


――装備品のおかげでレベルは低くてもステータス的な問題はない。引き継いだお金があれば生活にも困らない。


――だが肝心なSPが0スタートではカンスト値に達するまでどれだけの期間を要するのか想像もつかない。


「下手したらさっきの飛竜はこれでもSPが貰えるほうで、考えてるよりもずっと大変になるかも知れないってことか……」


 誠司は途方に暮れた。


「不思議だな。こんな大金を手に入れて、少しは人生楽しくなるのではとも思ったが、それほど気分の高揚もない……どうやら俺はもう、手遅れだったらしい」


 そしてまた乾いた笑い声を発したところで誠司はある可能性に気がついた。


「待てよ? レベルはまぁ別人だから初期値からでいいだろう。お金やアイテム、言語能力は引き継げたからな……だが、SPはどうだったんだ……? レベルのように引き継げないから初期値スタートだったのか? それとも、引き継げたとしても0だったのか……? だとすれば親父、こんなにチート級の財産を築いておきながらSPがまったくの0だなんてことがあるのか……? いや? それとも、全て消費したあとだったから俺に残せなかったのか……?」


 誠司の脳裏には手紙に書かれた『死期を定めた』との文面が思い起こされていた。


 そして直前まで元気な姿を見せていたことも。


――まさか、な……。


 すぐにそれを振り払って否定する。


「あまり深く考えるのはやめよう」


 そう言いながらも、一度辿り着いたその可能性はそう簡単に脳裏を離れてくれるものではなかった。


 それからしばらく、誠司は無言だった。


 やがて完全に日は落ち、照明のないその部屋は歩くのにも苦労するほど視界が悪くなっていた。


 それでも誠司はただ無言でイスに座り、少し前屈みに腰を曲げたまま、手を組んで動かなかった。


「よし、決めた」


 暗い部屋の中で、小さな声がした。


「SPをカンストまで貯める」


 誠司は微かに口の端を吊り上げて笑っていた。


「安楽死スキルを手に入れ、俺は死ぬ」


 そう呟かれた言葉は淡々としていて、まるで抑揚のないものだった。

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