第3話 空に浮く島
扉を潜るとその先はどこか別の建物の内部に繋がっていた。
石造りの壁にいくつかの窓。暖炉もあって外へ繋がる煙突は一式が煉瓦でできている。中央に長足のテーブルがひとつとイスが四脚。簡易な台所に収納棚と、生活に必要な最低限の家具や道具が一室にまとめられていた。
埃は積もっていない。実家と同様にここにも最近まで人の出入りがあったことがわかる。
壁の一面には本がぎっしりと詰まった本棚が並び、日本語で書かれた書物も多くあるが、中には何語かもわからない文字の本もあった。
「親父の部屋……か?」
やがて誠司はテーブルの上にもまた一冊の本と手紙が置かれていることに気づく。
――誠司へ。今、この手紙をお前が読んでいるという状況を察するに、決して喜べたものでもないが、まずは扉を開いたその一歩を賞賛する。それはおそらく、お前の姉にはこの扉を開くことはできないからだ。
「つまり、ここへは俺しか来れないのをわかってて鍵を残してくれたってことか」
――そして、これから誠司がこの世界において生きるために必要な措置をその本に施してある。まずは開いて見てほしい。
「これか?」
誠司は手紙に指示されたとおりに隣の本の表紙を開いた。するとその本は淡い光を放って誠司の身体を包み込む。
「な、なんだこれ? 幻覚か!?」
誠司は狼狽えたが、やがて光は誠司の身体に取り込まれるように収まり、何事もなかったかのように室内には静寂が訪れた。
誠司は周囲に変化がないことを確認してから再び手紙に目を戻す。
――この部屋の本棚を見てほしい。文字の読めない本があるだろうか? なければこれで引き継ぎを終えたことになる。
「引き継ぎ? なんのことだ? ……って、嘘だろ? さっきまで何語かもわからなかった本の文字が読めるようになってる……」
――そしてまた、何げなく自然と読んでいるであろうこの手紙の続きの文字を注意して見なさい。日本語ではないことがわかるはずだ。
「本当だ……でも、自然に読めるみたいだ……なんなんだ、この現象は……?」
――さて、まずはここまでで誠司が不思議に思う疑問を解決しておこう。そのためには声に出してこう言いなさい、ステータスオープン、と。
「ステータスオープン?」
すると突如誠司の目の前に現れるパソコンのデスクトップにも似た光の画面。
「うわ。これ、ゲームか何かか? いつの間に?」
――驚くのも無理はない。まずは始めに言っておこう。この世界『イース』は地球上には存在しない、異世界である。
「異世界……?」
――地球とはまた異なる文明、法則で成り立つこの世界で上手く生きていくためには、何よりもまず、そのステータスを上手く活用していくことが肝要だ。ただし、その扱いを誤ればたちまち死と隣り合わせの状況にもなりかねない大変危険なルールとも言える。
「……望むところじゃないか」
――この本には私の知る限りの有益な事項を記してある。これらを活用することによってお前は、地球にいては考えもつかなかっただろう多くのメリットを得ることができるだろう。ただ、あくまでも決めるのは誠司、お前だ。危険を避け、平穏な暮らしを続けるのもまた悪くない生き方だ。そのことに気づければ、お前の気持ちもいくらかは晴れてくれるだろう。
「……もう十分だ」
――お前の世界が再び彩りを取り戻すことを願っている。
手紙を置いた誠司は再び本を手に取り、テーブルからイスを引き出して腰掛けると、そのまましばらく無言でそれを読み始めた。
誠司が建物の扉を開いて外に出たのはそれから少し経ってからだった。
外から見た建物はこじんまりとした平家建てで、石造りの一風変わった雰囲気も相まってセカンドハウスと呼ぶに相応しい佇まい。
庭も実家と同じく綺麗に手入れをされており、小さな家庭菜園や果樹もある機能的なものだ。
そしてその広い庭の周りは簡易な木の柵で囲まれており、さらにその周りには雄大な草原が広がっていた。
「凄いな……日が暮れかけていなければ相当の景色だったんだろうな」
誠司は家の周りを歩きながら外の世界を眺めた。
「柵を一歩でも出れば魔物に襲われる心配があるってことだったけど、見回った限り周囲には何もいなそうだな」
誠司は少しの間思考を巡らせ、やがてステータス画面を開いた。
「レベルは1。だけど装備がハンパじゃない……親父の遺品ではあるけれど、完全にチートだな、この性能は」
誠司が身にまとっている防具は鎧や甲冑とは異なり、ありふれた衣類のようであった。
「天衣無縫……普通の服に見えるけど、もしかして伝説級の防具だったりするのか?」
しかしそれらを装備したことで跳ね上がるステータスはほぼ装備品の補正によるもので、誠司の初期ステータスなど誤差のようなものでしかなくなっている。
「ま、少しは外に出てみるか……少なくとも、この島が空に浮いているというのが本当かどうかは確認しておきたいしな」
誠司は意を決して柵の門を開け、外の世界へと一歩を踏み出した。
夕暮れの草原。魔物の影はない。
「よし」
覚悟を決めて誠司は駆け出した。
驚くべきはそのスピード。まず人間が生身で出せるような速度ではない。
「凄いな、これがステータス補正か。しかもこの速度に思考がついてくる……ははは」
乾いた笑い声を発しながらも、誠司は草原を一気に駆け抜け、やがて大地が途切れた島の断崖にまで辿り着いた。
「凄いな。本当に異世界だったんだ」
目の前に広がるのは夕暮れの空のみである。そこでは雲さえも眼下にしか存在しない。
通り抜ける風が駆け抜けてきた草原の草を鳴らし、青臭さと少しの冷たさが誠司の肌を撫でて行く。
「落ちたら、軽く死ねるぞ?」
そう思ったらなぜか誠司は目眩を覚え、身体を後ろ倒しに腰を落とした。
「はは……怖くて無理だ、情けない」
そのまま再び立つこともままならず、眼下に空が見えなくなる位置まで腰を落としたまま誠司はあとずさった。
「結局俺は、死にたいのか死にたくないのか」
そうぼやいて立ち上がり、おしりについた草を手で払ったときだった。
「グキャオオォッ!」
周囲から獣の咆哮があがった。
「て、敵か!?」
慌てて誠司は周囲を見渡す。周りには障害物になりそうなものはない。しかし声の主と思われる魔物の姿もまた見当たらなかった。
「どこだっ!?」
警戒をしながら辺りを見回す誠司の視界に一瞬、何かの影が過ぎった。
――影? この草原で? まさか!?
瞬時に誠司は上空を見上げた。するとそこにあったのは鋭い爪や牙に大きな翼を生やした爬虫類のような生物の姿だった。
しかも誠司がそれに気づいたときにはもう、その魔物はかなり近い位置まで滑空して近づいて来ており、今まさにその大きな口を開いて誠司を噛み砕こうとしているところだった。
「うわっ!」
間一髪、誠司はそれを横に飛んで回避をする。
「ドラゴン……いや、
誠司を捉えきれなかった魔物は地面スレスレの高さを滑空しながらまた少しずつ高度を上げ、上空を旋回しながら再度攻撃の隙を窺っている様子だった。
「どうする? たしか遠距離用の武器もあったはずだけど……」
ステータス画面を注視する余裕もなかった。
「相手の強さがわからない……何かいいスキルがないか?」
すると表示されていた画面がまた変わり、あるひとつのスキルを推奨していた。
「鑑定? 使えるのか?」
誠司がそう考えるや否や、即座にスキルは発動し、視界に映る魔物のステータスを表示する。
「
誠司がそう安堵したのも束の間、飛竜は再び誠司に向かって滑空を始めた。
「どうせ殺られるなら一瞬だ。痛いのも一瞬なら我慢してやる」
誠司は回避を捨て、腰を落として両手を前に構えた。力の真っ向勝負の構えだ。
「ギィヤアアアァッ!」
耳を劈くような叫びを上げて飛竜は誠司に迫った。
そして。
「うおおおおおっ!」
誠司は飛竜の頭と繰り出された爪を腕ごと掴み取り攻撃を止めていた。その勢いによる衝撃で誠司の両足は地面を滑りあとずさるも、明らかに質量と速度からなるエネルギーをほかの何かによって相殺していた。
「ギィ!?」
飛竜は戸惑ったかのような声を上げ、すかさず翼をはためかせて一度上空へと退避しようとする。
だがそれをそのまま許す誠司ではなかった。どう攻撃したら良いのかは素人故にまるでわからない。
が、再び上空に逃がすよりは良いと直感で思いついた行動が地面に叩きつけることだった。
普通に考えれば自分より明らかに質量のある飛竜を自分を中心に振り回すのはおかしい。
しかしながらそのとき、誠司はそこまでを考えて行っていたわけではなかった。
「おりゃあぁっ!」
それはまさに地球の法則による動きとは異なる軌跡で、しかしそれでいて誠司のイメージしたとおりの軌道を描いて、大きく振り被った飛竜の身体は強く大地へと叩きつけられていた。
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