ミトラスブルクの平原(一月戦争)

 少女が単独行動をしている間も争いは続く。

 ミトラスブルクの平原にて、純白の軍服を身に着けた兵とよろいを着た集団が、ち合っていた。


 両者がにらみ合いを続ける中、グレーのサーコートを着た兵が自然に加わる。

 彼らはレーゲンライヒ側の兵とごく当たり前に連携を取り、戦場を支配した。


 両軍が激突すれば砂嵐が舞い、血風吹き荒れる。

 レーゲンライヒ軍はいくつかの町を囲って、追い詰めていった。

 平原での戦いは数の暴力で圧勝。生き残った敵兵は川の向こうへ逃げ込んだ。


 死にものぐるいで平野を駆け抜けても、切り立った崖が行く手を阻む。

 ピタッと足を止めた敵兵は怖ず怖ずと振り返り、硬い目で相手を見上げた。

 彼らは縮こまりながらも震える手で、ロングソードを構える。

 諦めずに戦うつもりか。無駄なことを。

 兵の中に紛れる少女は内心でひとりごちた。


「撃て!」


 一列に並んだ弓兵が一斉に矢を放つ。

 最前列で構えるベーベルは真剣な表情かおをしていた。凛と弓矢を引く姿にあどけなさは感じられない。

 雨のように放たれた矢は岩をも砕き、兵士たちを追い詰める。

 まさに一網打尽だ。勝ちを確信し口角を釣り上げる。


「勝ったわね」

「それはどうかな」


 低音になりきらない青年の声がした。


「え?」


 中肉中背の影が降ってきた。

 彼は悠然と足をつけて、レーゲンライヒ軍を見据える。


 メリヤス生地のチュニックを着て、シンプルな剣を携えただけのただの青年。

 一見すると場違いな存在を前にして、ベーベルの気は余計に引き締まる。


 小馬鹿にされ神経をさかなでされるような感覚を味わっていると、鋭い弓音がした。

 平民と思しき男に向かって容赦なく降り注ぐ、矢の雨。


「ちょっと、危ない!」


 とっさに声を上げる。

 慌てて前に出ようとするが、彼女が動く必要はなかった。


 攻撃が当たるよりも先に、水のバリアが発動。

 淡く色づいたオーラが攻撃を弾き、矢を振り落とす。

 水の飛沫ひまつは平野全体に広がり、赤く染まった大地を洗い流した。

 清々しい魔力の波動は、崖のそばに構える兵士たちの元まで届いた。


「お、おお!」


 急に包帯をほどき出す男。傷を負っていた肌がつるりとし、血すら消えている。

 他のメンバーも自身の手のひらを見つめ、唖然としていた。


「怪我はないか?」

「え、ああ、まあ」


 正確には怪我はしていたのだが、治ったから同じことか。適当に流す。

 奇妙な受け答えをする兵士を前に朗らかに笑うと、青年は軍のほうへ体を向けた。


「じゃあ、いっちょやるか」


 武器を振り回すと銀の軌跡に添って、水のオーラが波紋を織りなす。

 彼はびしっと左腕を前に出し、指を広げた。


「水の精霊よ、いるかどうか分からないけど、とりあえずやっつけてくれ」


 雑な指令に応えて、津波が発生。

 純白の軍服を着た集団は青い魔力に呑まれて、押し流された。


「うわああぎゃああ!」

「なぜ、貴様が……!」


 情けない悲鳴が上がり、遠ざかっていく。

 兵士は端のほうまで飛ばされ、平原は空っぽになった。


 喧騒けんそうは過ぎ去り青々とした草むらには、清らかな空気が流れ始める。


 平穏な風が吹き抜ける丘の上には、ぽつんと影が残っていた。

 短パンをはき黄緑色のジャケットを着た若い男。

 無造作ヘアの彼は周りの景色に溶け込みながら、のんきに戦いを眺めていた。


「また派手なことをやっているんだな。でも勇者なんて目立ってなんぼか」


 軽く口にしつつ、観光ガイドをぺらっとめくる。


「さてそろそろ動き出しそうだけど、人間たちはいつまで戯れているつもりなのか」


 まあ別にいいのだが。

 真顔のまま口元を引き結ぶと、ゆっくりと腰を上げる。

 盗賊にも似た格好をした魔族は、ちらりと戦場を見た。

 全体を俯瞰ふかんしただけで、細めの形をした目にはなにも映さない。

 無関心そうな態度のまま男は歩き出した。



 同じころ、きらびやかな宮殿の奥。


 青紫色の宮廷服を着た男が、余裕の態度で構えていた。

 彼はティーカップを片手に、書類を掴む。

 あたりにはほのかに果実の香り。

 仕事と思わせて優雅なティータイムを満喫中だ。


「ミトラスブルクの戦線で動きが!」


 音を立てて扉を開け、部下が謁見えっけんの間へ駆け込む。


「なにを今更。さすがに多勢に無勢。追い詰められたネズミも噛みつく気力すら失ったのではないか」


 目を伏せ、茶を飲む。


「それが一人の超人の介入により形勢を覆され」


 報告を聞き、王はぶっと茶を噴き出した。


「どうしてそうなる? 同盟国のオーランドは新大陸ブレンダに夢中のはず。二大国を相手にしているのだぞ。勝てるわけが」


 一瞬混乱し、目を白黒とさせた。


「待てよ。一人乱入者がいたな。名を申してみろ」


 圧を掛けると部下は気まずい顔で目をそらした。

 仲間を売るか否かで葛藤したような顔をしつつ、意を決して口を開く。


「ユウマ・シミズであります」


 やけになったように声を張り上げる。


 たちまち王は言葉を失った。

 信じて送り出した兵士が敵になって帰ってきたような衝撃を味わいながらも、なんとか正気を保つ。


 ティーカップを握りしめたまま真顔で正面を向き、彼は深く息を吸い込んだ。


「貴様がそちらについたのかい!」


 思いっきりティーカップをテーブルに叩きつけると紅茶が飛び散った。

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