後編

桃紅の少女 ベーベル

 民家よりも畑の数が多い、のどかな村だ。目立つ建物は教会くらいで、外れにはシックな野花が咲き誇っている。

 外は穏やかな気候。柔らかな青色の空に薄っすらと雲が広がっている。

 エプロンを着た女性がかぼちゃを収穫、子どもは落ちている栗を拾って笑い合う。

 辺鄙へんぴな場所のいつものように和やかな風景な、不躾ぶしつけな音によって引き裂かれた。


 ブオオーン、ブオオーン、パララララ!


 高々に鳴り響くラッパの音。まるで青空にとどろく雷のようだった。


「なにかしら?」


 女性がびくりと肩を震わした。

 入り口からは歌声が迫っていた。勇ましくも憎悪に満ちた声が重なり合い、合唱になる。


「今こそ復讐を誓おう。ゴルト地方を取り戻さん」

「純白の大地に線を引き、我らが領域を示さん。グレンチェ川始まりシュヴェールト川、果てはランツァ海峡。祖は異端なるウリディアなり」

「我が闘志は焔に燃ゆる」

「乾いた土地に花束を、空いた玉座に黄金の冠を」

「この世の財と栄誉はシュヴァンブルクにあり!」


 軍歌が戦を連れてきた。

 白い軍服を着た男たちは鉄靴を鳴らしながら、通りがかる。

 村人たちは怯え上がった。青ざめながら家からい出て、死にものぐるいで逃げ出す。


 皆が住処を放棄する中、一人家にこもる少女がいた。おさげでそばかすつきの幼い顔立ちをしている。

 板壁を背にびくびくと震えていると、窓の外を白い影がかすめた。軍服を着た男たちである。硬いものを叩きつけパリンとガラスを割る音が響いた。

 少女は振り向きもせずに萎縮いしゅくしている。ぎゅっと目をつぶり膝を抱えて固まった。

 兵士たちは堂々と割れた窓から侵入し、リビングに鉄靴をつける。彼らの足はカウンターの裏側へと入っていった。


「あったぞ、食糧だ」


 引き出しの中を物色。喜々としてハムを掴み、盗人のように懐にしまい込んだ。彼らは仲間と目を合わせるなり、悪そうな顔で口元をつり上げる。

 慢心の色が混じった笑い声が上がる中、不意にガタッと物音が鳴った。


「ん?」


 兵士たちが気の抜けた顔で振り返る。

 本棚の裏からおさげの少女がはみ出し、廊下へと走り出すところだった。彼女は真っ白に固まり、引きつった顔で台所を向く。


「女がいるじゃねぇか!」

「こいつはいいな」


 指差し、下卑な顔を見せつける。


「なあ、ちょっといいことしてみないかい?」

「や、やめてください!」


 男が少女の細腕を掴む。

 彼女はすぐに抵抗するが、力が強くて振りほどけない。


「やめてぇ!」


 懸命に上げた声がむなしく響いた。

 兵士はなおもぐへへと鼻の下を伸ばしながら距離を詰める。

 まるでオークだ。

 少女は蒼白となり、震え上がる。


「なにしてんのよ、面汚しが!」


 尖った女の声が聞こえたと思ったとき、死角からパンチが繰り出されていた。

 兵士が吹き飛ぶ。近くにいた相方が目を白黒とさせ、仰天した。


「あんたもよ!」


 炎のようなシルエットが割り込む。

 気がつけば揺らめく赤髪とつり上がった目が、眼前にあった。


「待て。俺たちは味方だろ」

「関係ないわよ。胸糞悪いことしちゃって!」


 構わず拳を突き上げる。

 渾身をパンチを喰らい、男はばたんと倒れた。


「あんた、大丈夫?」

「は、はい」


 偉そうな声に応えて立ち上がる。

 少女は顔を上げ、相手を一瞥した。


 防御よりもオシャレに重点を置いた、軽装の格好。ミニスカートとは珍しい。高い位置に結んだツインテールも尻尾のように揺れ、ついつい目で追ってしまう。


「言っとくけどあたしも味方じゃないから、そこんところよろしく」

「え? でも、私を助けてくれましたよね?」


 なにも分かっていない顔で聞く。

 相手は答えず、背を向ける。


「いいから、殺されたくなけりゃじっとしてなさい。嵐なんてすぐに去るから」


 強い口調で言い放ち、廊下へ身を乗り出す。

 女兵士はくすんだフローリングを大股で進み、玄関までやってきた。

 ドアノブをひねると扉が前に押し出され、ピンヒールで一歩を踏み出す。

 村の外へ乗り出していった赤い姿を、少女は首をかしげて見送った。


 外に出ると一部の家屋は打ち壊され、中心部の畑は踏み荒らされていた。


「あーあ、これが兵士のやることなの? 戦争なんてこんなものだけど」


 眉間にシワを寄せつつ、歩き出す。

 背筋の張った後ろ姿。背には大きめの弓が見え、蔓が絡み合い燃えているような形をしている。


「ところでなんのために戦ってるんだっけ?」


 とぼけたように口に出す。

 彼女ことベーベルは傭兵だ。帝国からじきじきに雇われた身ではある。

 おおよその事情は知っているが、なぜ村が襲われているのか分かっていない。

 疑問には思うものの、まあいいかと切り捨てる。

 彼女にとっては戦って金が稼げればそれでよい。


 淡々と歩き去ろうとするベーベル。ピンクがかった紅の頭に影が掛かる。

 雲が垂れ込めてきた。太陽が隠れて教会から伸びる影も濃くなる。

 不穏な気配が忍び寄り、石壁の裏からぬるりと動く、異形の姿。


 ピリリとペパーミントを嗅いだように震える感覚があった。

 眉を引き締め、そちらを向く。


 視界に入ったのは、全身を鋭い毛で覆った人型。

 琥珀のような瞳、白目がない。

 舌なめずりをしながら徘徊はいかいしている。


「はっ――」


 表情を固め、瞳孔を開く。


「出たなあああ!」


 急に叫ぶや勢いよく矢を引き、敵を穿つ。


「うおら! 死ね! 消えろ!」


 めちゃくちゃに言いながら無我夢中で攻撃。

 炎に包まれた矢が次々と刺さり、あっという間に燃え上がる。

 なにがなんだか分からない内に燃焼し、悪魔じみた声を上げて倒れた。


 燃え残った黒い塊を見下ろし、ベーベルはフンと鼻を鳴らす。

 速やかに弓を背負い直し、何事もなかったかのように歩き出した。

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