新たな王
***
後日、青年は王宮に呼び出されていた。
奥に設置してある天蓋付きの玉座には、きらびやかな王冠をかぶった王が、澄ました顔で構えていた。
「魔王の件、ご苦労であった」
「勇者としてやるべきことを為したまでです」
実際は討伐していないのだが、よいのだろうか。
「さて、我は今後も王を続けるつもりだが。後継者は選んでおくべきだろう」
王は自分の
辞めないのか。
眉を数秒ほど上げて、戻す。
一瞬なにを言っているのか分からなかったが、さらにとんでもない言葉が耳をつく。
「勇者よ、貴様が次の王だ」
「は!?」
王は堂々と声を張り上げる。
指名を受けた青年は表情を固め、目を丸くした。
「この世において王は絶対。戦神ヴィクトリより授かりし王冠は、この世の全てを
ハイになってまくし立てる言葉の端に、悪そうな本性が見え隠れする。
確かに、悪い提案ではない。
俗な言い方をすれば宝くじの一等を当てたような、大チャンス。
誰もがうらやみ、
「いや、いいです」
どんよりとくすんだ空を背景に、やる気なく答えた。
耳を疑う返答。王はピクリと眉を動かす。
「ハハ、こやつめ。
口元をニヤつかせながら、挑発的な視線を送る。
青年は目を伏せ、息を吐いた。
「僕はあなたの従者ではありません」
一方的に言い捨て、背を向ける。
「後継者選び、頑張ってください」
一瞥もせずに出口へ向かう。
「待て! 考え直せ」
後ろから叫びが伸びる。
無視して進もうとしたとき、目の前で勢いよく扉が開いた。
「父上、早急に退位せよ」
外から差し込む光と共に現れたのは、洗練されたスーツを着た、凛とした目付きの男だった。
ボリューム感がありながらよくまとまった黄金の頭髪に、端整な輝きを放つロイヤルブルーの瞳。
彼の高貴な顔には見覚えがあった。
桟橋からスタスタと去っていった影が頭をよぎる。
ノブリス号に乗る前、アリスに振られた男だ。
傍らに黒子のような従者を連れていたのを覚えている。
名は確か――
「シャルルよ、どの面を下げて戻ってきたのだ? 王権よりも女の尻ばかりを追いかけて追った主が!」
目を剥いて叫ぶ。ドスのきいた声には脅しの色が混じっていた。
「こともあろうに退位とは! 我はまだ現役であるぞ!」
キリリと立ち上がり、貫くような勢いで指をさす。
相対する二人を見て、青年はぽかんと口を半開きにした。
「まじで王族だったんだ」
王の息子すなわち王子。王位継承権を持つ男がお忍びでなにをやっていたのやら。
ツッコミたくなる気持ちは抑え、空気を読む。
「関係ありません。民衆からの信頼貯金はとうの昔に底をついております。時間がありません。早急に決めねば処刑台送りですよ」
「しょ、処刑だと!」
王は見る見る内に青ざめた。一気に何十年も老けたように肌はたるみ、目の下には隈ができる。
シャルルは容赦なく距離を詰め、玉座の手前で足を止めた。
王子が高圧的に見下ろせば、王はへなへなと座り込む。
ガクガクと震え目を泳がしながら、奥に控える従者へ顔を向けた。
「参謀よ、主は今日に至るまで国家を助け、導いたであろう? 主がおらねば連戦連勝は敵わなんだ。どうか我を助けておくれ」
忠誠心を期待して呼びかける。
しかし、硬い表情をした参謀は冷ややかな目で主を見下ろすだけだった。
「俺は仕事だから付き合っていただけです。都合がよければ魔王にだって仕えますよ」
「む……都合がよければ敵国とも手を組むのが我らの方針ではあるが、しかし……」
顔に老人のようなシワを作り、ワナワナと唇を震わせる。
「そうだ、現在はレーゲンライヒとも同盟関係を結んでおったのだな。我に手を出せば、かの帝国が黙っておらぬ。今はシュヴァンブルク家の娘がおるのだからな」
急に元気になり勝ち誇ったように笑い出す老人。
「
「逃したの間違いではないかね!」
目をギョッと見開き、ツッコむ王。
本人にとっては真剣なのだろうが
なにやら重要そうな話をしている気がするが、誰の話をしているのだろうか。
青年は話についていけず、困った顔になる。
「勇者を独断で呼んだのはあなたでしょう? 一人で責任取ってくださいよ」
参謀はさっさと背を向ける。
「待て。待つのだ」
手を伸ばして呼びかけるも無言が返ってくるだけ。王はがっくりとうなだれた。
「フ、ご安心めされよ。父上がおらずとも国は回ります。この私が政務を引き継ぎ、いかなるときも清廉潔白に、国を最優先に考えると誓いましょう」
シャルルは自信に満ちた顔で宣言する。ずいぶんと頼もしい。
彼の堂々とした態度には堂々と宣言をする姿にはいかなる宝飾品にも負けない気品があった。
王子に任せておけば本当に国は回る気がする。
当然、勇者に出番はない。青年は遠慮なく暇をもらうことにした。
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