少年と少女
「めでたしめでたし――じゃねぇんだよ!」
「王はどうする? ぶっ殺せばいいのか!?」
「殺すなっつってんだろ! 話を聞いてなかったのか?」
「うるせぇ! 処刑させろ!」
きらびやかな門の前で民衆が怒号を上げる。
「うわぁ……」
夕闇に落ち着いた空とは対照的に、平民たちの怒りは燃え上がるばかり。
アリスも若干引いている。
二人が身をすくめている間にも、言い争いは激化する。
もみ合いへし合い、首根っこを掴んだり殴ったりの喧嘩に発展し、収拾がつかない。
「ちょっと待つんだ。処刑祭りは一世紀くらい早い」
カオスな状況を鎮めようと、
「私刑は次の王を決めてからでいいし、退位させたいなら島流しで十分だよ。勢いでやろうとするのには反対だ」
愛想笑いに似た穏やかな表情を貼り付け、なだめるように手を上下させる。
「勝手な口を利くなよ。俺たちの苦しみがお前に分かるわけがなかろう」
「いくら勇者でも、指図するなら容赦はせんぞ」
「だったらこっちも強引にねじ伏せるよ」
「そうです。彼に勝てると思ったのなら、城でも宮殿でも落とせばいいのです」
横からアリスが割り込み、ひたむきな目を訴えかける。
「さすがに全員止めるのは難しいんじゃないか」
いや、魔族相手に無双したなら簡単か。
勇者が自信なさげに半笑いをする中、一人の男がすっと武器を下ろす。
「勇者が相手なら仕方あるまい」
脅しに近いことを言わなければ、本当に城を襲撃するつもりだったのだろうか。
そら恐ろしさを感じ、汗をかく。
「私はあなたにこそ、かの王を討ってほしいのだがな」
「そんなこと言われてもな……」
アリスからも期待のこもった視線が向く中、青年は遠い目をする。
清水個人としては、レオ王への悪感情は薄い。
彼はどこにでもいる王だ。
住居をラグジュアリーに飾り立て、税を徴収することくらい、
確かに勇者を呼び出し一国を滅ぼそうと画策したが、今回は未遂で終わっている。
痛いところをつつくなら昔のイノセンテも暴れまわったらしい。
魔王が世界を滅ぼす手段を持っていたのも事実。
不穏分子を排除したいという考えは、分からなくもなかった。
とにもかくにも、レオ王はさくっと退位させて別の王を立てるやり方が、一番丸い。
処罰をするにしても表舞台を去った後の動き次第だ。
今のところは様子見という風に手を打った。
なお、青年のぬるい思考が平民たちと噛み合うわけがなく、背景では薄っぺらい服を着た平民たちが宮殿へ向かって、拳を突き上げている。
「出て行け」「辞めろ」のコールが止まらない。
見かねた清水は集団の背中へ呼びかけた。
「張り付いてもなにも出ないぞ。今日はもう帰ったほうがいい。好きに時間を過ごすほうが有意義だ」
彼の声に反応して一斉に口を閉ざす。
狂うほどカッとなっていても勇者の言葉に従う気はあるようで、ぞろぞろと動き出し、各々の家へと戻っていった。
かくして宮殿の前は空っぽになる。
門の脇には気まずそうに縮こまるローブの集団だけが残された。
***
宮殿の前がおとなしくなってから五時間ほどが経ち、魔道具の照明が灯り始めた。
山奥は完全な闇に包まれ、民家の影すら見分けがつかない。
山脈を越えた先に関してはむしろ明るく感じる。
昼間は殺風景なだけの荒野が透き通るような藍の星空に彩られて、神秘的だった。
延々と乾いた大地が広がる場所だが、市街地との境目はさすがに緑が濃い。
後方には
カサカサ、カサササ。草に隠れて動く影。
肉食獣から逃れる小動物のように、息を殺して隠れている。
「あ、いた。こっちこっち!」
ガラガラという車輪の音と共に、少女の高い声が大地に響く。
荒野には幌馬車が軽快に走っている。
毛並みの整った馬を引きながら、手を振る姿。
星柄のトップスを着た少女だ。
小柄ながらもしっかりとした顔立ちをしており、将来性が伺える。
「シャーロット」
彼女の名を呼んで茂みから飛び出す。
柔らかな髪質の短パンをはいた少年だった。
彼の姿を確認してシャーロットはキラキラとした笑顔を浮かべる。
馬車から下りて、地面に足をつけると、ワイドパンツの裾がふわりと揺れた。
森の前で二人は顔を合わせ、にこりとする。
荒野には他に誰もいない。空に浮かぶ月だけが見ている。
しっとりとした闇が景色を覆う中、透き通るような淡い光が少年と少女の顔を照らした。
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