糾弾

 ほとぼりが冷めてから口を開く。

 状況を整理し答えを出すつもりだった。


「『世界を滅ぼす力があることは認めるけれど、行使するつもりはない』ですか」

「まあ、信じるよ。さっきの技も見なかったことにする。全部アッシュの王が悪いってことにしてもいいんじゃないか」

「黒幕は……やはり、そんなところですか。確かにあまりにも唐突でしたものね。まるで攻める口実にしたかのようにでっち上げて」

「僕を登用したのだって外部の人間を使ったほうが都合がいいからだろうし、普通に狡猾こうかつだな」


 現状なら「国王軍は手を出していない」と言い訳がきくし、いざとなれば全ての責任を勇者に押し付けられる。


「召喚をしたのはそちら側だろう」と指摘されても、かの王ならのらりくらりとかわすはずだ。

「妾、レオと話がしたい」


 不意に魔王が顔を上げる。

 涙の跡は残っているもののすっかり泣き止んでおり、目はぱっちりと開いていた。

 そういえばレオって誰だっけ……?

 口に出す前にアリスが口を挟む。


「我が国の王と謁見えっけんするのですね。大丈夫なのでしょうか」

「心配せずとも戦いはせぬ。あくまで対話で解決するつもりだ」


 魔王は鼻を鳴らし、胸を張った。

 上向きなようでなにより。


 ほおを緩め体から力を抜こうとしたとき、急にまぶしさを感じ、目が覚める。

 慌てて下を見ると床に陣が刻まれ、ゆらゆらと光っていた。


「これは……」


 アリスやスティルナの足元にも同じ陣が出現していた。

 彼女は丸く見開いた目を細める。


 見当がついた様子の令嬢に対して、青年はピンときていない。

 ぱっと見た感じは自分を召喚したものと似ているが、細部が違う。

 外側だけ借りて中身をいじったようにも見えた。


「悪魔召喚?」

「いや、カタリーナのものでは、ない?」

「逆召喚です」


 戸惑っている間に彼らの体はぴゅんと消え、陣も姿を隠す。

 三人の肉体は一瞬だけ世界から消えた。


 気がつくと王都に飛んでおり、目の前には王の住居が見える。コの字型に建つ黄金の宮殿だ。手前には校庭がいくつも入りそうなほど壮大な庭園。

 きらびやかな門の前には、よれよれのシャツやせた色のドレスを着た民衆が集まり、拳を突き上げている。


「我々の税を返せ!」

「搾取もいい加減にしろ」

「下々の民にも平等な権利を与えよ」

「この宮殿はなんだ?」

「自分だけ贅沢な暮らしをしやがって!」


 顔を真っ赤にして怒号を飛ばす者たち。

 まるでデモの様相だ。

 今にもプラカードを掲げだしそうな勢いがある。


 あまりの迫力に圧倒されて立ちすくんだ。

 怖いものから逃れるように視線をそらしたところ、暗黒のローブを着た一団が目に飛び込む。

 彼らは雨乞いでもするかのように腕を突き上げ、天を見上げた。


「原初の闇テネブラエに告ぐ。今こそ偽りの世に鉄槌てっついを下すとき。さあ染め上げよ。世界を暗黒に包み、新たな秩序に塗り替えるのだ」


 いかにも恐ろしげな祈りを捧げており、身震いする。


「まさか、あやつらが。いったい、妾になにをさせようとしておるのだ?」


 魔王は青ざめながら視線をそらす。


「状況からして呼び出したのは彼らです。きっと世界を滅ぼしてほしかったのでしょうね」

「やはり、そうなのだな。無茶振りを……」

「別に素直に言うことを聞く必要はないよ」


 気にしなくてもいいんじゃないかと言おうとしたところで、野太い声が響いた。


「えーい! やかましい。衛兵よ、くどかせ。武力を行使しても構わん!」


 どかどかとした足音が近づく。

 三人は共に視線を上げた。


「しかし、無辜の民を傷つけるのは……」


 サーコートの男が頬に汗をかき、口ごもる。

 アーミンのマントを着た王は門前に構える彼に迫り、にらんだ。


「害をもたらしておきながらなにが無辜か?」


 命を狙われた状況にも関わらず表に出てくるとは、なんとも勇ましい。

 心中であおるように褒め称えているといきなり相手がこちらを向き、視線が合った。


「なぜここにいる。これも主らの差し金か?」

「なぜもなにも勝手に呼び出されただけですよ」

「術者たちがなぜ関係のない者を呼び出す?」


 返答に困って口を閉じる。


「まあよい。あとでたっぷり絞ってやろう。人さらいの余罪もある。言い訳を今のうちに用意しておくのだな」


 王は胸を張り、口角をつり上げる。

 余罪ってなに? まさかアリスのことを言っているのか?

 困惑する青年の前でレオは悪巧みをするように笑っている。

 明らかにいい気になった風体。

 そんな彼の余裕を崩すように凛とした声が響いた。


「言い訳だと? それはこちらのセリフだ」


 魔王は毅然とした態度で敵を見据えていた。

 目付きは鋭く、力強い。


 重く垂れ込めた暗雲が彼女の色と合っている。

 天候すら味方につけた姿は魔王らしい風格があった。


「イノセンテの王か」


 彼女の存在は都合が悪いとばかりにうなる。

 王は逃げ場を探して視線を彷徨わせるがすでに周りは民衆に包囲されており、薄暗がりの中で彼らの目は赤く光っていた。


わらわが災厄をもたらさんとした証拠はあるか?」

「たとえその気がなくとも魔族という危険な存在を野放しにしてはおけぬ。早急に叩き潰すべきと判断したまでだ!」


 唇を噛みながらにらみ返す。精一杯の威圧感を出したつもりだろうが、魔王を前にした彼の姿は、強がった子どもにしか見えない。


「いつの時代の話をしている。第一、討魔大戦の後に我々が一度でもそちらを攻めたことがあるか?」


 言葉に抑えた敵意を滲ませながら火花を散らす。

 令嬢と青年はハラハラと二人のやり取りを見守る。


「我々はもはや戦いを求めてはおらぬ。戦争を起こしたいのはそなたらであろう?」


 手のひらの先を向け、指摘する。

 王は黙り込んだ。膨らんだ顔にだらだらと汗をかき、悔しげに唇を噛む。

 民衆もさすがに空気を読み、おとなしくなった。

 衛兵からの不躾ぶしつけな視線もあり、王は追い詰められた表情になる。


「友好関係を築くと誓いあった国になんたる仕打ちか。不誠実にもほどがある国だ」


 スティルナは眼光鋭く王を射抜いた。

 王は眉間のシワを濃くしながらも、口を閉ざす。

 結局、言い訳すらできずに論破されてしまった。

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