魔王スティルナ

 扉が消えると暗がりに沈んでいた視界に、光が差し込む。

 目の前に広がるのは、シャンデリアに照らされてなお、陰気な雰囲気がする空間。


 巨大な玉座に腰掛けた影は想像よりも小さかった。

 年齢は十三か十四歳ほど。

 艶消しの黒地をメインにコルセットで締めたロングドレスで体を覆い、ダークパープルの髪を垂らしている。

 編み込みブーツをはいた脚を組む姿は、様になっていた。


「侵入者か」


 顔を上げれば、重たく切った前髪が揺れる。

 ちょうどまぶたにかからない程度の長さ。

 ボリューミーなまつげが強調するぱっちりとした目。

 端には薄っすらと赤が滲み、珊瑚さんご色の瞳が淡い輝きを放つ。


 雰囲気こそ魔らしい妖しさがあるものの、王にしては人形のように可憐だった。


「この方が、魔王?」

「なんでこんなのが。いや、よくあることか」

「え?」


 別の創作の内容を思い出して、勝手に納得する清水しみず

 アリスは彼の言葉を理解できず、目をパチクリとさせた。

 二人の噛み合わないリアクションはさておき。

 ぬるい空気を断ち切るように、魔王(部下いわくスティルナというらしい)は立ち上がる。


「とうとう来たか、勇者よ。歓迎はせん。潔く、くたばるがいい!」


 張り上げた声を合図に大鎌を降らせ、キャッチする。構えると三日月型の刃が鋭い光を放った。


 魔王が息を吸い込めば紫紺のオーラが浮かび上がる。

 目に見える魔力の集積。

 詠唱はない。魔王が鎌を振るうだけで魔法が発動するのだ。


 オーラは闇色の塊へと転じ、酵母を含んだパンのように膨らむ。

 アリスは奥歯を噛みながらも凛とレイピアを構え、まっすぐに敵へ向けた。


「花びらの騎士よ盾となりて」


 黄金色の花が幾重にも重なり、刃の先に広がった。

 闇の魔法を防ぐにはほど遠いが、起動は反らせる。

 紫紺の魔弾は盾をクッションに彼方へと飛んでいき、ステンドグラスを割った。


「聖花よ連なり、道を拓け」


 ハッキリとした詠唱の後、純白の花びらが舞い、前方に渦を形成。

 花のアーチと化した空間へ、青年は迷わず飛び込む。


 魔王の視界から彼の姿が消えた。

 彼女は忌々しげに表情を歪めたが、すぐに口元を緩める。


「殺すことならいつでもできる。勇者が隠れている間に、そこな娘を殺してしんぜよう」

「おっと、本当はずっと隠れていてもよかったのに、気が変わったよ」


 軽口のように吐いた瞬間、花の渦から青年が飛び出す。

 清水しみずが身を縮めた体勢で斬りかかると、魔王も落ち着いて鎌で受け止めた。


 拮抗きっこうした構図を崩すように、青年が身を乗り出す。

 シンプルな剣に力を込めると、水色の魔力が刃がまとい、にじみ出た。

 彼の持つ力は空間を削り取るようにジリジリと、相手に迫る。

 魔王はとっさに回避し、距離を取った。


「力は貴様が上か。ならば上から飲み込むまで」


 高らかに宣言して、鎌を掲げる。

 刃が三日月のごとき輝きを放つと、アリスが露骨に身構えた。

 清水もキリリと刃を向ける。上を向こうとして、目を見開いた。


 頭上から全身を覆うように、影が降りる。

 なにかが来ると分かったときには、彼らはすでに黒い霧の中だった。


 清水しみずは真っ先にアリスを探したが、輪郭すら暗がりに沈んで、見つけられない。

 なにもない空間に取り残されたような心細さを抱きながら、青年は一人で立ち尽くした。


「夜の闇は我が支配下。貴様らなど一片も触れる必要もない!」


 濃密な闇の中に勝ち誇ったような笑いが響く。


「相応の報いは受けてもらおうか。さあ、どう料理して」


 なめらかに口を動かし、途中で止まる。


 あざ笑うように歪めた目の先で、キラキラとなにかが光った。

 透明な色は放射線状に広がり、闇を照らす。

 景色はあっという間に元に戻った。


「ユウマ」

「戻ってこれたな」


 希望に満ちた少女の声に晴れやかに答え、勇者は改めて魔王を対峙する。

 無傷で平然と立つ青年の姿を震える目でとらえ、相手は眉間にシワを寄せた。


「なにをした。先ほどの光は、貴様の色ではなかったが」

「浄化ではありませんか? 闇を祓う聖なる光、勇者にピッタリですよ」


 ワクワクと声をはずませるアリスに対し、清水しみずはピンと来ない顔で首をかしげる。


「僕はなにもやってないよ。なんか勝手に結界が起動しただけだ」


 分かることはただ一つ、彼が闇を祓ったことだけ。


「よく分からないけど君の攻撃は俺には通じないようだ。さあ、どうする?」


 冷静なまま挑発的な目線を送ると魔王は汗をかき、小さくなった。


「なにを舐めた口を。さては貴様、わらわを魔王ではないと疑っておるのか? わらわは本物だぞ。闇の力は我が手にあるのだ。万物を暗黒に沈めることなど、たやすい。本当だ。本当だぞ?」

「いや、そこは疑ってないけど」


 念押しするように主張しなくとも彼女が魔王であることは、疑いようがない。

 フォローするように反応をしてみたが、彼女はなおもブツブツとなにかをつぶやいており、まるで話を聞いていなかった。


「だけど、このままではいけない。妾は国を護りきれない。どうすればどうすれば……ああそうだ。妾は闇色の鍵を持っているのだった」


 唐突に口を閉じて虚空こくうを見上げる。

 口角をつり上げ、真紅ににごった瞳に光を宿す。

 なんだかいやな予感がしてきた。


「壊せばいいのだ。なにもかもを無に帰せばそれでおしまい。思えば簡単なことだったわ」


 喜々として、とんでもないことを口にしだす。


「え"え"!?」


 ぎょっと表情を固める。

 二人がひるんだように身をすくめる中、魔王は開き直ったように笑い出した。

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