決戦間近
「さあ、退路はないわぁ」
口角を上げると、
「
目をカッと見開いた顔で笑いながら、左手を前に出し、指を広げる。
羽ばたきの風。怒涛の足音。
令嬢はロッドを握りしめながら、周囲を見やる。
「でも、多数なら私だって」
「じゃあさっそく行かせてもらう」
アリスがやる気を出したところで
「ローズマリー色したティアドロップを大地に垂らす。満たせ、湧き上がれ。聖なる輝きよ
跳躍する魔物。迫りくる爪と牙。魔法と斬撃が入り混じった、無数の攻撃。霧のように広がる闇色の魔力。
敵に囲まれながらも
落ち着いて前だけを見据えている。
魔女が不審げに目を細めた瞬間、青年の周りに水色の膜が出現。
魔物は透明な輝きに触れるなり弾け飛ぶ。
空中で輪郭が崩れ、撃ち落とされた鳥のようにバタバタと倒れていった。
「なんでぇ!?」
人型に戻った部下たちを見下ろし、飛び退く魔女。
目を飛び出させ、顔に汗をかきながらも、敵意は消えない。
ギロリと見上げ、
「盾を槍に変換。飲み込め」
落ち着いて詠唱を紡ぐ。
結界が解けたかと思えば、無から波が出現。
滝のように高く伸び、上から迫る。
「待ってぇ、
魔女はあっという間に波に飲まれ、押し流された。
彼女は抵抗すらできずに、底へと沈む。
水が引いた時には、完全に力を奪われ、ぐったりとしていた。
「こんなにもあっさりと終わるなんて……」
ずぶ濡れになった魔女を見下ろし、アリスがつぶやく。
決着がついたというのに浮かない表情だ。
実感が湧かなずにいるのかぼんやりと立ち尽くす令嬢の横を、青年は黙って通りすぎる。
「行こうか。そろそろいいだろ」
「ええ、ギモーヴくん、ありがとうございました」
アリスはすぐに彼の姿を目で追いかけてから、白い馬を見上げる。
ギモーヴはヒヒンと啼いてから、地を蹴った。
飛び立つギモーヴ。ほうき星のように天を駆けていったのを見送って、前を向く。
ちょうど
庭園に足を踏み入れると、より荒れた空気となる。
広いだけで手入れが行き届いておらず、雑草まみれだ。
くすんだ葉の中に埋もれるように、黒い星型の花が咲いている。
年月を重ねて城の壁は剥がれ、ところどころひび割れていた。
かろうじて入口に刻まれた唐草を模した紋だけは細かく残っている。
「作戦だけど、ゴリ押しでいいんじゃないか」
「そうですね。頭を空っぽにして参りましょう」
令嬢は素早く武器を空中から取り出した。今回は杖ではなくレイピア。
物理でも戦うつもりだ。本気の度合いが伝わってくる。
彼女の頼もしさに微笑み、クリアな目で青年は前を向いた。
「行くぞ」
声を張り上げ、一歩を踏み出す。
二人は入口から堂々と突入した。
城内には燭台が備え付けてある。
夕日の色に彩られた空間。
壁際にはずらっと無骨な鎧を身に着けた魔族たちが並ぶ。
刺すような威圧感に気が引き締まる中、落ち着いて武器を構える。
「咲き匂え"ラベンダー"。荒ぶる獅子に束の間の眠りを与えたまえ」
レイピアを杖のように振るうと足元から、青みがかった紫色の花がまっすぐに伸び、清楚な匂いが立ち込める。
兵士たちは警戒する暇もなく、とろんと目を細め、ばたばたと倒れていった。
まさにあっという間の出来事。
「
彼女は労せず一掃した形となる。
なお、ほとんど全滅という状況でも、立っている者もいた。
「抜かったな」
眠りへの耐性があったか、それが効かないほどの実力者といったところか。
「お前たちだな
青年は
戦士は忌々しげに舌打ちをしつつ、文句を口にする前に次の一撃を繰り出す。
おとなしく回避を続けるのもいいが、相手はハンマーを振り回し続け、不毛なもぐら叩きへ突入する。
「アリス!」
呼びかけに応えて、アリスはレイピアを手に目を閉じ、祈りを捧げる。
「
真紅の花びらが渦を巻く。視界を覆うほどの赤は、まるで吹雪だ。
「こざかしい」
敵は
「手応えがないわ」
鼻を高くし
技が防がれたにも関わらず、令嬢は冷静さを保っていた。
彼女の硬い視線の先で、刃が光る。
「うおっ!」
男が目を見開いた。振り向いた先で青年が斬りかかる。ざっくりと血を噴き出した男は
白目を向いた男を一瞥し、青年は剣を下ろす。
「ユウマ、先へ進みましょう」
丸みを帯びたつま先を階段へ向ける。
次のフロアへ行くと、敵がゴキブリのように湧いてくる。
「スティルナ様の元へは行かせん!」
「覚悟――ん?」
兵士の視界を真紅の花びらが覆う。
花畑に来たかのような
瞬間、兵士たちは斬り裂かれ、バタンと倒れる。
傷だらけになりながらも立ち上がってきた男は、青年が斬りかかり、床に沈めた。
「ば、化け物め……」
一人の戦士がうめき声を上げながら崩れ落ちる。
殺虫剤を撒く感覚で敵を蹴散らしながら、奥へ奥へと進む。
「そこまでだ。おとなしくして貰ウげっ!」
四方を囲む敵を一撃で薙ぎ払う。
敵をまとめて倒すと、一気に周りがさっぱりした。
刃がかぶった血を払い、平然と立つ青年。
直後に刺すような殺気を感じ、背筋を正す。
瞳だけで視線を向ければ、無言のまま爪を伸ばし、斬りかかる影。
あくまで冷静なまま、口元はまっすぐに引き結んでいる。
ただ勝ちは確信したのだろう。目付きからは余裕を感じる。
青年もあえて動かなかった。
その理由はなぜか?
探るように動く魔族の目。
直後に彼の体から血が噴き出す。
体には無数の傷。葉の側面をスタンプしたような跡だ。
魔族は目を白黒とさせながら崩れ落ちる。
ばったりと倒れた男を見下ろしつつ真横を走り、令嬢も後に続いた。
中庭は無視して廊下を進む。階段は見つけ次第、
敵を蹴散らしながら駆け抜けた先には、重厚な扉が待ち受けていた。
「止まれ。貴様、この先におられるお方が誰か、知っての
「知ってるよ、魔王だろ」
門番のように立ちふさがってきた男を顔も見ずに斬り伏せる。
そう、扉の先に待ち受ける者は魔王だ。
最奥にたどり着いたからには、もう引き返せない。
気を引き締めて一歩を踏み出す。
そっと戸へ手を伸ばしドアノブをひねると、ガチャガチャと音が鳴った。
案の定、鍵が掛かっている。
ならば、仕方ない。
清水は一歩だけ距離を取り、剣を振りかざす。
扉は真っ二つに叩き切られ、大きな固まりがバタンと音を立てて、床に零れた。
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