城前の魔女
ノルテにやってきた。
茶色の低い屋根の建物が並ぶ町並みは
高台に建つ城も過去の繁栄と現在の
降りる場所を探して速度を落とす馬車の中で、清水はなんともいえない気持ちで遠くを見つめる。
城は目前だ。
地に着くまでのんびりと構えていようと思った矢先、急に窓の外の景色が停まる。
衝撃は感じないが、音がしない。
まるで静止した世界に取り残されたかのようだ。
「なんだ? 魔法攻撃でも食らったか?」
冗談のようにつぶやいた瞬間、重力が上からのしかかる。
ジェットコースターで急降下するような圧。
「え? きゃあっ」
目を白黒とさせるアリス。
ぎょっと顔を強張らせている間に下へと吸い込まれ、地に落ちる。
「なにが起きてるんだ、いったい」
「イノセンテですし、こんなこともあります」
適当なことを言いつつ外へ出る。
キャビンは無事だ。ギモーヴも傷一つない。白い毛並みを輝かせながら、困った顔で下を向いている。
「まあ、撃ち落とされても大丈夫だなんて、さすがは私の契約獣です」
「やっぱなにかされたのか。それで、敵の魔物はどこにいるんだろう」
まだ気の抜けた顔をした青年を、じっと見つめる視線があった。
「誰が魔物ですって」
甘く華やかな声が
ピクリと耳を動かし、そちらを向いた。
幽霊屋敷のような城を背に、怪しい集団が立っている。
足元には黒い星型の花。広々とした土地を埋め尽くしている彼らは一様に黒いローブを着ていて、無個性だ。
影のような塊が丘のように立ちふさがる中、真ん中にいる紫黒のローブをまとった魔女だけが、浮き出て見える。
声の主が彼女だとは一目で分かった。
「魔王の領域に無断で立ち入ろうとするだなんて、殺されても文句は言えないわねぇ。即刻出ていってもらいましょうか」
眉をひそめ、三白眼でこちらを睨む。
「まさかいきなり見つかるとは。こっそりと侵入すればよいと踏んだのですが」
「それはさすがに大胆すぎる。馬車も目立つし」
アリスが純粋な反応を見せ、清水は苦笑いをする。
「なにこそこそと話し合ってるわけぇ? なにもしなければ見逃すと言ってるのよ。聞こえない?」
魔女は
さて、どうしよう。
考えつつ前を向けば、魔女はドヤ顔でこちらを見ていた。
なんだか急に逆張りをしたくなってきた。
「そこを通してくれないかな? 無理なら強引に突破する」
「ええ!? 気が早いですよ」
アリスが悲鳴に似た高い声を上げる。
「なんですってぇ!?」
あっけにとられた顔になった後、思いっきり声を裏返す。
「おう……マジか」
「命知らずにもほどがある態度」
「まさしく勇者か」
背後でざわめきが広がり、雑音に落ちる。
「カタリーナ様、いかがなさいます? これは目に物を見せてやらねば、なりますまい」
魔女の隣で
「もちろん城には通さないわよぉ!」
勢いよく右手を突き出すと、
「どうせ城に行くつもりでしょう? 分かっているのよぉ。舐めたことをするわねぇ。お前ごときがスティルナ様に楯突いていいと思ってるわけぇ!?」
魔女はしっかりと武器を掴み、構えた。
「ちょっと待ってくれ。僕はまだカチコミに行くとは言ってないよ。
「そうです。実は招待状を受け取って、今晩の舞踏会に出席する予定で」
「おやぁ? イノセンテはそんなものを出した覚えはありませんが」
アリスが半笑いで軌道修正をしようとするも、男はあっさりと切り捨てる。
「アッシュ王国とは友好関係を結びこそすれど、形だけのものですし。少なくとも魔王は関わりに行くつもりはありませんねぇ」
「じゃあなにもしないから通してくれ」
目を伏せ、両手を上げる。
素手を見せつけ戦意がないことを示す青年。
魔女は真顔で見つめている。
かと思うと肩を怒らせ、声を張り上げた。
「だ・か・ら!
「そうだぞ。カタリーナ様の命令は絶対だ」
後ろで黒い集団がうんうんとうなずく。
「戦うの? 戦わないのぉ? 『お前のためを思って言ってる』とか舐めた口聞いてないで武器を取りなさいよぉ!」
赤鉄鋼の瞳に炎の色がにじみ、オニキスのピアスも硬く輝く。
彼女は一歩も引く気がない。玉砕してでも食い止めるつもりだ。
「ああ、もう仕方ない」
「ユウマ、突破するしかありませんね」
隣でロッドを取り出すアリス。
「ああ」と答え、剣を抜く。
武器を構える二人に対し、魔女は口元をつり上げた。
「闇色の
花の槍を天高く掲げた瞬間、紫紺の光がほとばしる。
後ろに構える男たちが闇に包まれ、本当のシルエットと化した。
イリュージョンじみた光景に目を見張る。
無防備に動きを止めた手前、影がぬるりと形を変え始めた。
あるものはアニメに出てきそうなくらいにデフォルメされたコウモリへ、またあるものは
人型だった頃の面影はそのままに
「部下を、魔物に変えた……? 使役? いいえ、最初から……?」
瞳を震わしながら、
思考はまとまらず、リアクションすらままならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます