国境を越える子ども

 本来なら素早く村を出てもよかったのだが、中途半端に話を聞いてしまったため、子どもについて気になってくる。

 予定を変更して村を捜索。適当な名前を呼び腰を低くしながら、こそこそと回る。


 手がかりはなく、闇雲に探しても見つからない。やはり無理か。

 あきらめかけたとき、すすり泣きが鼓膜こまくを揺らす。ちょうど古びた民家のそばを通りがかったタイミングだった。


「ひぇっ」

「ゴーストです?」


 二人してビクリと肩を震わす。


「大丈夫、魔族もゴーストも大差ない」


 心を鎮め、深く息を吸ってから、反対側へと回る。


 恐る恐る踏み出してみると、茂みに子どもがうずくまっていた。

 柔らかな暗髪で前髪が長く、水っぽい目を隠している。

 存外、普通の少年だ。

 くすんだ肌に薄い顔立ちでビビッドな赤い短パン以外に、大した特徴がない。

 魔族にもこんな者がいるのかと、いささか驚く。


「君、君、どうしたのです?」


 令嬢がかがんで話し掛ける。

 彼女の態度におびえの色はない。ゴーストの正体が分かって落ち着いた様子だ。


「お姉さん、誰?」


 子どもは丸く潤んだ目で相手を見上げた。


「私はアリスです。あなたは?」

「僕は、ジョン……」


 震えるように唇を動かすと、か細い声が漏れた。


「こっちは由真」


 フルネームは浮くため名前だけを伝えた。


「あなたはどうして泣いているのです? 怪我でもしたのかしら。見せてくれますか?」


 すぐに治してあげるからと、手を差し伸べる。

 魔族に癒しの魔法は効くのだろうか。

 訝しむように首をかしげる。


「大丈夫だよお姉さん。君たちを見て安心したし」


 目をゴシゴシとこすってから、柔らかな笑顔を向ける。

 これなら大丈夫そうでひと安心。

 それはそうと聞かなければならないことがある。


「あなた、なにをしたのですか? 噂になっていましたよ」

「ああ、みんなからもそういう扱いか。やっぱり僕は変わり者扱いなんだな……」


 肩を落とし沈んだ顔をしてから、顔を上げる。

 薄い唇を舐め、ためらうように視線を彷徨さまよわせてから、まっすぐこちらを向いた。


「僕、人間の国に行きたいんだ」


 思い切った答えに、清水しみずはぽかーんと目を丸くする。

 いままで魔族は人間に敵意を向けてくる者ばかりだった。人間と関わろうとする相手なんて初めてで、意外な気持ちになる。


「会いたい人がいるんだよ。国境のあたりでこっそり仲良くしてたんだけど、みんなに見つかっちゃって……」

「引き剥がされたんだな」


 理解したとばかりにつぶやくと、ジョンは控えめにうなずいた。


「もう誰も会わせてくれなくなったんだ。どうすればいいと思う?」


 眉を寄せて懇願こんがんする目で、二人を見つめる。

 清水しみずはうーんとうなった。

 アッシュ王国でも魔族は野蛮やばん残酷ざんこくだと教育を受けている様子。

 なんの変装もなしに出向けば、石を投げられるのではないか。

 軽々しく背中を押さないほうがいい気がする。 


「人間の国へ行くのは危険だ。でも、こっそり行けば大丈夫だよ。夜に二人で示し合わせて、逢瀬をするんだ」


 人差し指を立てて声を弾ませる。

 たちまちジョンは頬を輝かせた。


「うん、そうする。ありがとう、お兄ちゃん」


 少年は生き生きとした笑顔を向ける。

 まさか魔族の子に感謝をされるとは思わなかった。

 まんざらでもないが、後ろめたさがある。

 なにせ自分たちは魔王を倒し、イノセンテを破滅に追い込む予定だからだ。


「魔王の居所って、知ってる?」


 目をそらしながら尋ねる。

 隣で令嬢が地図を広げた。

 ジョンはそっと彼女に近寄り、くすんだ色の紙を指して、言う。


「エントラーダの森を越えた先の、ノルテって場所。城を見れば分かるよ」


 なるほど。心の中でひとりごちた。


 なにはともあれ目的は果たせた。


 少年を探して話をしている間に時間は消費されたらしい。

 いつの間にか日が暮れている。

 村には薄っすらと茜色の光が差し込み、乾いた風に冬のような肌寒さを感じて、肩を縮めた。


「僕もこれから頑張ってみる。周りになんと言われてもめげない男になるんだ」


 力強く声を張り上げるなり、夕空の向こうへ走り出した。

 村の外へ小さくなっていく影。二人は髪をなびかせながら、手を振った。


「彼女と会えるといいですね」


 アリスは眉を震わしながらぎこちなく笑う。


 こちらも複雑な気分だ。

 気はとがめるものの、世界の危機のほうが重大だろう。

 想いを裏切る羽目になっても魔王を倒して全て解決するのなら、それでよい。

 清水しみずは深く考えないことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る