イノセンテの魔族


 そうこうしている内に陸地が見えてくる。

 イノセンテの領土だ。


「こんなところになんの用だね?」

「会いたい人がいるのです」

「魔物とかい?」


 険しい顔で見られたが、笑ってごまかす。


 不審がられるのも無理はない。

 なにせ目に見えるのは荒野ばかりだ。魔王の領域らしく夜が似合う不気味な雰囲気。体感の温度も下がってゴーストが出そうな気配がする。

 遊び気分で立ち入るような場所ではなかった。


「あら? 見てください」


 唐突にアリスが指差す。


「テネブレアの花です。半島に咲くとは聞いていましたが、本当にあるのですね」


 ワクワクと声を弾ませているが、いまいちピンとこない。


 確かに花は咲いている。黒くて星型。黒百合に似た珍しいデザインだ。少なくとも現実では見た記憶がない。

 これがテネブレアの花なんだ、へー。

 清水はぼんやりとそちらを見つめる。


「それにしても妙だな」

「なにがです?」

「なんか普通だなって」


 思いのほか禍々しくない。実は王国よりも貧相ではないだろうか。


「昔は強かったみたいですけど」


 さらりと答えるアリス。

 没落したらそんなものだろうか。

 なんだか釈然としない。

 モヤモヤとした思いを抱えながら、船は岸に近づいていった。



「なんか、遭難してないか?」

「大丈夫ですよ。そろそろ村が見えてくるころです」

「岩山しか見えないけど」


 清水は訝しむように、馬車の窓を覗き込む。


 現在、馬車は地図に従い、高速で飛ばしていた。

 くすんだ紙が示す地名はオスクロ。今はどのあたりにいるのだろうか。


 不安になりながら荒野を彷徨っていると、三体の影が見えてくる。

 角を生やした青白い顔の浮浪者たち。金目のものを狙ってウロウロとしている様子だ。

 令嬢など真っ先に狙われる。ちらりと心配する視線を送った矢先、ギモーヴが地上に着いた。扉が開き、彼女が前に出る。


「あなた方は魔族ですね。掛かってきなさい」


 ロッドを取り出し、構える。

 さすがに危ないのではないか。

 ヒヤヒヤと汗をかく清水だったが、なぜか魔族たちのほうが怯えている。

 彼らは目を泳がしながら慌てふためき、大量にかいた汗を飛び散らせた。


「なんでアッシュ人がこんなところにいるんだ。勘弁してくれ」

「助けてくれー、見逃してくれー」

「俺たちゃ悪い魔族じゃねーよぉ」


 戦う意思すら見せずに、逃げ出した。

 清水があっけにとられる中、アリスも唖然と武器を下ろした。


「見た目は強そうなのにずいぶんと小心者だな。人間なら実力も考えずに挑みかかってきたぞ」

「おかしいですね。魔族といえば女性がいたら真っ先に食らいつくと聞かされてきたのに」


 彼女の言葉は偏見、もしくはステレオタイプではないだろうか。

 自分も魔族といえば敵役のイメージがある。人の心がない者たちだろうと踏んでいたが、実際はどうなのか。

 考え込んでいる内にアリスは馬車に乗り込む。清水も釈然としない気持ちを抱えながら、後に続いた。



 扉を閉じるとギモーヴが再び走り出す。

 村にはあっさりとたどり着いた。魔族について色々と考えている内に、いつの間にか馬車が停止していたのである。

 清水は狐に騙されたような顔になりながら、乾いた地面に降り立った。


「どうですユウマ。村はあったでしょう? 侮ったことを後悔しましたか?」

「ごめん。疑った自分を殴ってくれ」

「な、冗談ですから」

「こっちも冗談だよ」

「なんだ、殴らなくていいんですね」


 妙なやり取りだ。自分たちもなにをやっているのか分からない。


 それにしても寂れたところだ。木造の建物はあっさりと崩れそうなほどボロボロ、外にはボロ布を干してあり、村人たちの貧相な暮らしが伺える。

 言葉もなく突っ立っていると、ザンッと緊張感のある足音が後ろで聞こえた。


「出て行け」


 薄汚い格好をした魔族が眉間にシワを寄せながら、凝視してくる。

 堅気ではなさそうな見た目だ。浅黒い肌には無数の傷が白く浮き出ており、握りしめた拳から警戒が伺える。


「魔王城の行き方とか知ってる?」

「帰れ」

「ちょっと遊びに行くだけだから」

「人間など信用できるか」


 忌々しげに吐き捨て、大股で歩き去る。大きな足跡が地鳴りのように響いた。


 よほど嫌われているらしい。

 嘆きたくなるが、魔王を倒しに行くことだけは事実。反論ができない。

 気まずそうに頭の後ろをかく。


「攻撃してこないんて……優しさすら感じます」


 淡々とこぼす。言われて見れば確かに意外だ。本当に憎らしいと感じているのなら殺しに来てもおかしくないのに。

 戸惑っていると、体格のよい魔族が近づき神経質そうな目を向けた。


「お前らさっさと行きな。今は子どもの件で忙しいんだよ」

「なんかあったんですか?」

「くどいぞ」


 うんざりと口を曲げながら、さっさと歩いて行く。


「ったく、なんであんなバカが一人も二人もいるんだよ……」


 ブツブツと独り言が聞こえるのを、黙って見送る。

 結局、事情は聞けなかった。

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