聖女気取り


 流れるように路地から出て、広場で足を止める。

 開けた空間に見物人が集まり出した。

 公開処刑か闘技場のような危うくも浮ついた空気があたりを包む中、二人は向き合う。

 令嬢が異空間からロッドを取り出すと、シャルルも虚無から木剣を取り出し、ビシッと構えた。

 尖ったつま先を彼女へ向け、じりじりと距離を縮める。


 そして、シャルルは勢いよくローブを脱ぎ捨てた。

 青紫のベストに純白のパンツ。

 厭味ったらしいほどに長い金髪が、背中にかかる。

 さらさらと揺れる前髪の下で、碧色の瞳が鋭く輝いた。


「魔法は使っても構わんぞ。お前がどう堕ちようが俺は気にせんからな」


 先行を譲るノリで涼やかに告げ、顎を引く。

 つまり、自分は魔法を使わないが彼女は使ってもいいと言いたいらしい。


「いいでしょう。私も全力で行きます」


 令嬢は堂々と答えた。

 静まり返るフィールド。緊張の一瞬。

 伏せていた目をきりっと開ける。


「自然よ万象よ、我が声に応えて牙を向け。汝はすでに渦の中」


 厳かな詠唱。緑色の魔力を身にまとい、白練の髪がふわりと揺らめく。

 術式が発動。鋭く尖った葉が漂い始める。


「重ねて。濃艶なる花びらよ、舞え。吹雪き乱れ、空を赤く染め上げよ」


 鮮烈なる響き。

 まさか畳み掛けるとは思わなかった。

 息を呑む手前、真っ赤な花びらがフィールドに広がる。

 刃の鋭さを攻撃に使うというより、雪崩のような魔力の質量で押しつぶすつもりだ。


 これならいける。

 勝機を見出し顔を上げるも、シャルルは顔色を変えない。

 真面目な顔をして薔薇の洪水を見据える。

 肩から力を抜いてゆったり構えだしたかと思いきや、急に剣を高速で動かし始めた。


 無数の斬撃。

 むしろこちらが弾幕かと思うほど、激しい攻撃。

 さすがにアリスは目を見張り、半歩下がる。


 それでもと強気な目をした矢先に、赤い吹雪が晴れた。

 平らな地面に紫のベストを着た男が悠然と立っている。

 全くの無傷。まさか本当に弾かれるとは思っていなかった。実力差を見せつけられてぼうぜんと立ち尽くす。


「なにを加減している。私には構わない。全力を出してみろ」


 挑発と思しき言葉。

 アリスは奥歯を噛んでうつむいた。

 彼女は攻め掛かれない。

 先の一手が失敗した以上、次は無理だと悟った。


所詮しょせんは聖女気取りか」


 不機嫌そうに鼻を鳴らす。


 動いたのはシャルルが先だった。彼は地を蹴り、斬りかかる。

 とっさに顔を上げ、木剣を受け止めるアリス。

 シャルルは構わず攻撃を連打する。


 甲高い音が鳴り、地響きに似た衝撃が波のように広がる。

 アリスはロッドを握る手に力を込め、悔しそうに表情を歪めた。


「どうした? 力を示すのではなかったのか? それでは赤子以下だぞ」


 勢いに乗って木剣を振り回す。反撃の隙すら与えない。

 力を抜けば一瞬で潰される。防戦に徹するので精一杯だった。


「ハ、たわいもない」


 木剣を握る手に力を込め、勢いよく押す。

 ふわりと浮く体。


「きゃあ」


 軽く吹き飛び、尻もちをつく。スカートの裾が花のように広がった。

 追い打ちを掛けるように迫る男。口元を引き結び、剣を振り上げる。

 目を見開くアリス。

 スピードを落としながら迫りくる木剣。

 体が震えて動かない。真っ白になった顔に絶望の色が滲む。


「そこまでだ」


 唐突に影が飛び出す。

 シャルルが一瞬で目の色を変えた。

 彼を狙って繰り出す一撃。

 青年は一歩も動かない。真顔のまま木剣を受け止めた拍子に、跳ね除ける。

 相手は弾き飛ばされる形で距離を取った。


「なんだ貴様は?」


 不愉快そうに唇を曲げる。

 忌々しげに尖らせた視線の先で、黒髪の青年は悠然と立っていた。


「なんだなんだ?」

「乱入者か?」

「ルール違反だろ」


 見物人がざわめく。


「おおおおー! やれー! やっちまえー!」


 拳を突き上げ応援する者もいる。


「私は彼女を想ってやっているのだぞ、邪魔をするな」

「暴力的なことが、か?」


 低い声で指摘。抑えた態度の裏に怒りを隠す。


「あなたの力を借りるまでもない。僕がアリスを守ります」


 クリアな瞳で相手を見据え、ハッキリと言い張る。


「ユウマ……」


 スカートを地につけたまま彼を見上げ、撫子色の瞳を震わす。


「うおおおお! 言ったぞ、言っちまったぞ」

「やれー! 目にものを見せてやれ!」


 無責任な声はあっという間に広がり、大きくなった。


「なにを生意気な」


 口の端を引きつらせる主を、従者は黙って見つめている。


「柄にもないことをやるんじゃあない。子どもはおとなしく故郷に帰りな」


 青年が怒るよりも先にシャルルが沸騰する。


「父上から聞いたぞ。恐怖で縛らねば逃げ出すところだったのだろう? 所詮、危うくなれば保身に走る男よ。そんなものにあの女を渡してたまるか!」


 宣戦布告をするなり怒涛の勢いで駆けてくる。

 振り上げる木剣。

 殺意のこもった動き。

 青年は静かに構え、前を見据えた。


 木剣の先が迫る。

 攻撃は見切った。

 直感が赴くままに体をひねる。

 素通りする一撃。


「な!?」


 シャルルは動揺で硬直する。

 隙だらけだ。

 剣を鞘に収めたまま、攻撃を叩き込む。

 鞘の側面をぶつけると、鈍い音がした。


 突風のごとき衝撃波と共に後方まで吹き飛ぶ男。

 見物人は一斉に広場の端を向く。


 集中線の先で貴族の男は転がっていた。

 真っ白なシャツが砂塵を被って汚れている。

 普段は凛とした美形だろうに、今は白目を向いて間抜けな様相だ。


 ともかく勝負あり。

 パチパチと拍手が鳴った。

 アリスはすっと立ち上がり、口に手を当てて土煙の向こうを見つめている。


 周りは跳ねて飛んでの大はしゃぎ。

 祭りのような盛り上がりの中、気配を消していた従者が人混みからぬるっと姿を現す。


「白昼堂々、なんて大胆な真似を。場合によっては死罪ですよ」


 冷静に指摘されて、ぞっとする。

 なにも考えずにとんでもないことをしてしまった。

 急に焦りだす。


「まあいいでしょう。今回はお忍びで来ました。ただの一般人が無様に転がっただけということで、手を打ちます」


 淡々と口にし目を伏せてから、彼方を向く。

 相手が歩き出した先で貴族の男が虚ろに立ち上がり、腕をだらりと下げた。


「行きますよ」


 主の袖を引っ張って、広場から連れ出す。

 人混みに紛れた二人を見失ってから、清水しみずとアリスもこそこそと脱出。路地へと走る。

 あたりにはしばらくの間騒然としていた。

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