婚約者


 村を出て川沿いに進むとブレマリーンにたどり着く。

 エネルギッシュな光が降り注ぐ発展した街。

 辺鄙へんぴな村を何百も飲み込んだような規模だ。


 東からは潮風が吹き込み、肌がベタつく。本当に海が見えるんだと、少し感動。

 端には白とオレンジを基調とした船が泊まり、何百もの魚が水揚げされている。どれも銀色に輝いて瑞々しい。

 そこへやってきた野良猫。漁師たちになでなでと愛でられながら、岬に落ちているものを一匹くわえて去っていく。実にふてぶてしい態度だった。


 高台には純白に磨かれた大聖堂が建っている。

 非常に目立つシンボルを見上げながら街の中心に入ると、大きな通りに出た。

 左右に連なる長方形の建物。メインは白で赤・ピンク・水色などの差し色が入る。シンプルなのにカラフルな印象を受けた。


「あちらに見えるのがレストランです。シーフード料理、お食べになります?」

「いや、いいよ。観光に来たわけじゃないんだし」

「さすが。それでこそ勇者ですよ」


 目を細めて笑う。

 暗に勇者には遊ぶ権利はないと言われた気がした。

 実際にその通りなのだろう。

 清水しみずは潔く港を目指すと決めた。


 高級店が並ぶ通りを抜け、黄金色の街並みを背に歩いていると、路地から影が伸びる。

 迫る足音、尖った革靴。


 風変わりな二人組だった。

 長身の男がやや前に出る形で歩いてくる。

 そばに構える従者はモノトーンに身を包んでいた。体のラインを拾わない衣が、性別不明感を醸し出している。


 主と思しき男も目立たないように気を配っている風だ。

 艶のない黒のローブにフードを深めに被り、陰の隙間から黄金色の頭髪が覗く。

 鼻筋の通った顔立ちに凛とした目付き。虹彩の碧色がやけに注意を引く。

 顔を隠そうとしているせいで、ただ者ではない印象を余計に匂わせていた。


「シャルル様……」


 隣で息を呑む音が聞こえる。

 アリスは張り詰めた表情で、怯えたように瞳を震わしていた。


「誰だ?」

「この私に覚えがないとは。勇者といえども田舎者か」

「田舎どころか外の人間なんですけどね。第一、容姿隠して言うことですか、それ」


 田舎者なのは事実なので、さらりと流す。

 冷めた反応の青年に、無反応の従者。

 うつむき黙り込んでしまった令嬢の代わりに、男は思い切りよく口を開く。


「なにを隠そう。私こそがアリス・・・フローレンス・・・・・・の婚約者である」


 腕を広げ高らかな声でアピールする。

 実に気持ちよさそうだ。


「マジかー……」


 上辺だけのリアクションをする。

 隣で目をそらす令嬢。

 そんな彼女へ堅い視線を送るシャルル。


「イノセンテへ向かうつもりだな? やめておけ。貴様ごときが入ってよい領域ではない」


 いさめるように呼びかける。


「あなたはなんでもご存知なのですね」

「当然だ。私の情報網を甘く見るな」


 ため息交じりの言葉に胸を張って答えるシャルル。

 機嫌がよさげだった彼は、急に表情を消す。


「考え直せ。貴様は安全地帯で花に囲まれぬくぬくとしているのがお似合いだ」


 高圧的に告げる。嘲笑あざわらううような見下し目。


「お言葉ですが」


 顔を上げる。

 真剣な眼差し。

 つり上がった目から、凛とした光がほとばしる。


「今の私は昔とは違います。かつて、あなたと対面し怖気付いた少女とは」


 力強い声にいささか感嘆かんたんする。


「あなたと婚約だなんて畏れ多いと思っています。勇者と行動を共にすることになり、同じ気持ちを抱きました。それでも彼の隣にふさわしいように、私はロッドを振るうのです」

「ほう、貴様はこの私よりも、そこな田舎者を選んだと言いたいのか?」


 怪訝けげんな表情に低い声。

 刺すようなプレッシャーを感じて、ぞくりと背中に鳥肌が立つ。


「はい。私はユウマのために戦います」


 毅然きぜんとした返事。

 シャルルは口の端をつり上げ、前に出る。

 従者がちらりと視線を送り、彼を見上げた。


「よかろう。確かに貴様は成長した。向こう見ずはほうにな。それではいけない。本当に強くなったと証明したいなら、私と戦い力を示せ」


 シャルルが武者震いするように殺気立つ。

 ピリピリとした空気が漂い始めた。

 これはまずいのではないか。


「構いません」


 しかし、令嬢はまっすぐな目で答えた。

 シャルルはますますやる気になったらしい。

 鋭く尖った目、碧色の瞳から好奇の光がほとばしる。


 刺々しい空気がますます張り詰めた。

 清水しみずがハラハラと見守る中、従者は止める気配を見せない。今は黒子に徹するようだ。

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