花の輪


「一人でなんとかするはずだったのに、あなたの力を借りてしまいましたね」

「僕は武器を渡しただけだ。止めを刺したのは君の力だよ。時には力を合わせるのも大切だしな」

「そうでした。私、独りよがりですね。一人で頑張ればいいわけでもないのに」


 顔を赤くし恥じらう令嬢。自信がなさげな姿も美しい。


「君の戦いはすごかった。百合の騎士みたいだったよ。もう君が勇者になったほうがいいんじゃないか?」

「ありがとう。でも、その剣はあなただけのものです。私では使い込ませません。なるのなら聖女です」

「君が聖女ならぴったりだ」


 青年がはにかむと、令嬢もくすっと笑みをこぼした。

 彼女の反応を見ていると心が安らぐ。

 結果的に最後まで手を出さなくて正解だったと思っていると、彼女が口を開いた。


「見守ったままでいてくれて、よかったです」

「君ならやれると信じてたから」

「信頼、してくれていたんですね」


 嬉しそうにほおほころばせる。

 ゆるやかな風が吹き込む中、二人はしばらく向き合っていた。


「君は僕を守るために戦った。だったら僕も君を守るために戦いたいたい」


 彼女は守られる必要などない。余計なお世話だと分かってはいても、伝えたかった。

 アリスはきょとんと驚く。だけどすぐに表情を緩め、顔を明るくした。


「勇者に守られるなんて、まるでお姫様みたいですね」


 彼女も姫のようなものではないか。不思議な気分になって、口元に弧を描く。


 ともかく盗賊は去った。村の問題も解決。

 ガレットを後にしようと出口へ足を向けたとき、ピーピーと泣き声が聞こえてくる。

 声の聞こえるほうへ向かってみれば、おさげの少女が泣きべそをかいていた。


「私だっておしゃれしたい。きれいな首飾りをつけたいの」

「わがまま言うんじゃありません。首飾りは贅沢品なのです」


 背の低い民家を背に、親が幼女を叱っている。泣かせている風ではなく、真っ当な教え方だ。

 しかし、彼女は納得しない。声を大きく泣き喚いたかと思うといきなり走り出し、野原のほうへ行ってしまった。


「ああ、もう」


 肩を落とす母。助けを求めるように視線を彷徨わせる。

 彼女が口を開くよりも先に、令嬢が微笑みかけた。


「安心してください。必ず連れて参りますから」


 優しく告げ、子どもが向かった場所へと走っていった。


 野原までやってくる。

 キク科の草花が彩り豊かに生えており、まるで楽園だ。

 聖書に出てきそうなほど幸せに満ちた空間なのに、幼女はまだ嘆いている。


「きれいね。見てみて。下を向いたままでいいから」


 柔らかな声。幼女が呼びかけに応えて、下を見る。

 令嬢は彼女のそばに腰掛け、花の輪を作っていた。

 器用なものだと感心。幼女も見入っている。

 目はまだ潤んでいるがぐずるのは止めていた。


「えっと、ほら……いつかなんとかなるから、元気出すんだ」


 清水は目をそらしながら声を掛ける。

 なんと励ませばよいか分からず、言葉に詰まった。


「いつかを待っていても仕方ありませんし」


 案の定否定された。

 泣き止んだ幼女が令嬢を見つめる。

 正確には胸元の首飾り。清らかなサファイアが陽光を反射し、キラキラと輝いている。


「あげますよ」

「いいのかよ」

「私が持っていても、お守りにもなりませんし」


 本当に渡していいのだろうか。


「いらない」


 幼女が冷たくこぼして首を振る。

 彼女は気難しげにうつむきながら、花輪を指した。


「ちょうだい」

「これが?」


 作った花輪を言われるがままに渡す。

 幼女は受け取るとすぐさま自身の頭に乗せて、無邪気に笑った。


 いたく気に入っている。

 豪華な宝石で彩られたアクセサリーよりも素朴な輪っかのほうがいいとは、なんて物好きなのだろう。


 依然として乳白色のブラウスの光る首飾り。

 青色の輝きを放つ宝石を令嬢は複雑な表情で見つめていた。

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