花の魔法
「集団で挑めば怖いものなしだ」
「さあ、尻尾を巻いて逃げてもいいぜ。お前らだけじゃ、守りたいものも守れねぇ」
ふてぶてしく
さすがにあきれて頭を抱えたくなる。
とはいえ、無理もない。平原のときは戦う前に逃げただけあって、直接ボコボコにされたわけではないのだから。
「とりあえず逃げたほうがいいよ。結果は見えてるし」
「自分が死ぬ未来がか?」
口の端をつり上げて、尖った歯を見せつける男。
うーむ。清水は
「お前ら派手にやらかしてるみたいだけどよ、
前にも似た言葉を聞いた。
「その高い鼻をへし折って、本当はどっちが強いのか思い知らせてやんよ」
無反応を貫こうと決めた矢先、アリスがすっと前に出た。
「聞き捨てなりませんね。ユウマを勇者と知りながらその力を信じないなんて」
「あぁ?」
目を
「ユウマはあなたたちが思うよりもずっと尊い存在なのです。指一本触れさせません。いいですね」
握り込んでいた拳を開くと、虚空からロッドが出現する。
思わず目を見張ったが、それは彼が初見だからだ。この世界――エルデというらしい――の人間からすれば、常識の範囲内なのだろう。
「えええええ!? なんだその技術!? どこの誰が開発したんだ?」
「今からそいつのところに行って、強奪してやらぁ!」
「君らからしても異常だったんかい!」
技術……技術か。
もしかしてアイテムボックスか?
手ぶらだったのを見ると荷物を異空間に放り込んで、必要なときに引き出す方針なのかもしれない。
「教える必要などありません。覚悟なさい」
などとのんきに観察している間に令嬢が臨戦態勢を整える。ロッドを握り込み構えたのだ。
「私だってあなたを守りたいのです。だから、見ていてください」
力強い目をして微笑みかける。雰囲気は柔らかいのに強キャラ感があって、頼もしい。
「フン。かわいい嬢ちゃんがどこまでやれるか、見ものだね」
なおもニヤニヤと顔を緩めている賊たち。どうせ、倒した後にどう犯すか考えているのだろう。緊張感がまるでない。
アリスは口元を引き締めて前を向く。撫子色の二対の瞳は硬質な光を放った。
「自然よ万象よ、我が声に応えて牙を向け。汝はすでに渦の中」
風が吹き荒れ葉が舞い上がって、渦を為す。
あんぐりと口を開けて見上げる盗賊たち。
刹那、前で列を成していた男たちが血を噴き出す。腕や脇腹に裂傷が出現。まるでかまいたちが通過したかのようだった。
「魔法だと!?」
「野郎、化けてやがったか」
「よく見りゃあの首飾り、シュヴァンブルク家のものじゃないか。道理で」
「関係ねぇ! やるしかねぇ」
どよめきながら武器を構え直し、令嬢へ挑みかかる。
「うわあああ!」
盗賊たちの波は彼女に届く前に崩れた。
アリスの周りには葉の形をした刃が漂い、渦を巻く。
彼女がまとう緑色の魔力はじんわりと広がり、少女の体を覆い隠した。
他の敵は焦って斧を振り回すけれど、緑色に阻まれて届かない。
渦の中心では令嬢が涼やかな顔で立っている。
見た目の華やかさとは裏腹に殺傷力が高そうな技だ。近くで観戦している身としてはそら恐ろしさを感じる。
「なんでこんなもんが勇者に従ってるんだよ」
「いままでどこに隠れてやがった」
盗賊たちが詐欺がなんだと
「どけ、お前らじゃ相手にならねぇよ」
低い声が耳に届く。
本命がやってくるのが分かった。
アリスが瞬きをしつつ、そちらへ注目。清水も同じ方を向いた。
二人の視線の先に影が生じる。
大柄な男だ。斧を背負ったシルエットに、筋肉質な体と艶々とした防具。鉄靴が硬い音を立てながら迫ってくる。
逆立った髪型には
「お前らざまあねぇな。ボスが来たら終わりだぜ」
小物は舌を出して退避。入れ替わる形でボスが前に出る。
硬い目で相手を見据えるアリス。彼女はまだ仕掛けない。
「先行は貴様に
相手は余裕だ。これはまずいかもしれない。
ロッド振るい、葉の刃を動かす。
緑色の渦は一瞬で男を捕らえた。
彼女は一気に片を付けようと、無数の斬撃を繰り出す。
彼らの視界をキラキラとした刃の輝きが覆った。
葉っぱの刃は勢いで近辺の林をなぎ倒し、破壊した。
砂塵が舞い、男を隠す。
やったか。
口の中でつぶやいた瞬間に風が塵を拭い、視界が戻る。
開けた大地を背に男は堂々と立っていた。
なぜかピカピカと光る防具。
彼は口の端をつり上げ、得意げに笑った。
「魔法を防ぐ鎧ですか」
「魔物対策も完璧なのさ。どうだ? 歯が立たぬだろう。悔しいなら物理で突破してみろ。無理だろうがな」
勝ち誇った顔を見せるなり、バトルアクスを振り上げる。
ボスが突撃。大きく厚い刃が眼前に迫る。
とっさにロッドを前に出し、受け止めた。
ガチンと音が鳴る。ビリビリとした衝撃。アリスは奥歯を噛む。
先ほどからハラハラと勝負を見守る
ボスは力押しの構え。じりじりと攻め、ロッドが軋む。
アリスも負けじと力を入れて、押し返そうとした。
「ああ――」
声が出る。
ぽっきり。ロッドが真っ二つに折れた。
武器を失い無防備に立つ令嬢。
「取った!」
勝機を確信したボス。
盗賊たちも歓声を上げて盛り上がる。
「アリス!」
素早く剣を投げる。
彼女はハッと視線をよこした。彼に応えるように手を伸ばし、剣を握り込む。
ちょうどボスが斧を振り上げるところだった。
重圧感が上から迫る。一撃で沈める構え。
それでも、アリスのほうが速い。
彼女は踏み込むなりすぐに斬りかかる。
斬撃が発生。
分厚い防具が砕け、赤い亀裂が斜めに走った。
「な!?」
目を白黒とさせ、言葉を失う。
体が傾いた拍子に武器を落とし、ガタンと音を立てて地面を転がる。
ボスは体が傾くままに、地に沈んだ。
「マジかよ」
「まさかボスが倒されるなんて……」
「大変だ。略奪どころじゃねぇ」
「もうこの村はどうでもいい。ずらかるぞ」
あわあわとボスを囲う。盗賊たちが彼を引きずって逃げていくのを、青年は苦笑いで見送った。
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