ガレット


 ガレットは畑だけが延々と広がる寂れた場所だ。

 大地はひび割れ、冷たい風が吹き荒ぶ。

 枯れた畑の前では老婆が背中を丸め、深いシワを刻んだ顔でため息をついていた。

 川辺には水車小屋があるが、車輪は停まっている。

 手持ち無沙汰の若者は古民家の前に集まって、会議の最中。皆で戦闘用の鎌を担いで、顔を付き合わせる。


「時は満ちた! 今こそ攻め入る時ではないか?」

「王に我らの怒りを示すのだ」

やつらに奪われた税は取り戻さねばなるまい」

「殺せ殺せ!」


 話の内容は物騒にもほどがあった。

 青年が顔を引きつらせる横で令嬢も顔色を失う。

 アリスも貴族だ。彼女からしてみれば他人事ではない。

 衝撃を表に出したのもつかの間、シームレスに真面目な顔に戻る。

 彼女は力強い目付きでまっすぐに村人たちを見据えた。


「待ってください。武力で訴えてもなにも返ってきません」


 アリスが一歩前に出ると、村人たちが一斉に振り向く。彼らは令嬢の胸元で光るサファイアを見るなり、冷ややかな目になった。


「金持ちがきれい事を抜かすなよ。お前たちが富を貪るせいでこちらまで還元されんのだ」

「そうでなくとも貧しさは死活問題なんだよ」

「日々腹を満たすことすら難しい。この気持ちがお前に分かるか? ぬくぬくと肥え太ってきた貴族に」


 刺々とげとげしい言葉が胸に刺さる。

 青年もどちらかというと恵まれた立場にいたからだろうか。

 ヘイトは令嬢に向かっているはずなのに、こちらまで責められた気分になる。


「この畑を見よ。お前はなんとも思わんのか!」


 声を荒げ、突き刺すような勢いで荒れた農地を指す。

 耕した土地は水分が抜けて、雑草だらけ。作物は萎れてみすぼらしい。

 豊かな田園風景とは乖離しており、心が痛む。


 令嬢はなにを思って立っているのだろうか。ちらりと盗み見る。

 ちょうど彼女の頭上に雲が広がり、影が差し込んだ。

 薄暗い空気が降りる中、アリスは顔を上げる。きりりとした目で村人たちを見た。


「作物が育たず、困っているんですね。それならば私にお任せください」


 口元が弧を描く。自信に満ちた態度は迫力があった。


「なんだと? お前になにができると言うんだ?」


 当惑しつつ、怒った声で尋ねる。

 鋭い視線をよそに令嬢は黙って畑の前にやってきた。


 手を出させまいと身を乗り出す村人。それを隣にいる男が制止する。

 恨めしげに相手を睨みあげるも、アリスはすでになにかを始めるところだった。

 彼女は乾いた畑の前で立ち止まる。

 目を閉じて胸の前で交差する形で、手を組んだ。


「豊穣の精霊よ、荒涼たる大地に一滴の雫を垂らし、恵みを分け与え給え」


 歌うような詠唱。

 体に淡いグレープ色のオーラをまとうと、ふわりと髪が揺れ膨らんだ。


 なんと神々しい。彼女こそが女神ではないかと疑うほどだ。

 村人たちも気圧されたように固まってしまう。


 彼らが息を呑む傍ら、農地は雨が降った後のように濡れ、ダークブラウンを帯びた。

 ふっくらとした土にはいつの間にか種が撒かれ、芽が生え出てくる。

 にょろにょろと、のびのびと。

 あっという間に背を高くし、完成品として目の前に現れる。

 まさしく魔法。彼女は奇跡を起こした。


「おおおおお!」


 村人たちが腕を掲げ、鎌を放り投げる。


「お前、よくやってくれたよ」

「これで冬を越せそうだ」

「ありがとうよ」


 彼女に飛びつく勢いで駆け寄り、滂沱ぼうだの涙を流す者たち。

 先ほどまでの暴言はどこへやら。都合のよさすら感じる感激振りに、令嬢は嫌な顔一つせずに応対する。


「お役に立てたようでなによりです。ほかに困ったことがあればなんなりと、お申し付けください」


 すらすらと言葉をつむぐ口元に、穏やかな笑みを讃える。

 モヤモヤするところはあるが、彼女がいいならそれでよし。

 村人たちに囲まれるアリスをじっと見つめ、清水は口を閉じた。



 若い女性に連れられて庭先へ向かうと、相手は枯れかけた木を指した。


「もう何年も花が咲かないの」


 眉を寄せて悲しそうに言う。


「それなら大丈夫です。きっときれいな花を咲かせてくれますよ」


 明るく答え、また豊穣ほうじょうの精霊へ祈りを捧げる。

 彼女が目を閉じ詠唱をつむぐと、枯れた枝に蕾がついた。


 硬く小さな塊はふっくらと膨らみ、花開く。

 乾いていた幹は水分を含んだように色が濃くなり、折れかかった枝はしなやかさを取り戻す。

 梢の先まで満開となった樹は色鮮やかに輝き、ふんわりと甘い香りを届けに来た。


 映像を高速で再生したかのような光景。まさしく花咲嬢さんだ。


「いかがですか?」


 アリスがにっこりとアピールする。

 周りのメンツは非現実的な光景に圧倒されて言葉も出ない。

 時を忘れて見入っていると、出口から怒涛の勢いで足音が聞こえてきた。


「盗賊だ、盗賊が攻めてきたぞ!」

「なんだって?」


 村が急に騒がしくなる。


「盗賊といえばシエル平原で遭ったやつらだけど」

「まさかとは思いますが、行ってみましょう」


 二人は足を揃えて裏口へと向かった。

 そして。


「思った通りかよ」


 現場に駆けつけると、ギザギザの袖の服を着た男たちがヤンキーのような構えで横並びになっていた。

 斧や鎌・短剣を構えて舌なめずりをする男たち。

 中には見知った顔もいる。

 彼らは一度逃げ出しておきながら、どや顔で腕を組んで立っていた。

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