光の勇者の予言

 空には薄っすらと白い雲が広がり始めた。


「お世話になりました。皆さん、お元気で」


 にこりと挨拶をし、ほろの内側へ乗り込む少女。

 馬車は平野を駆けていく。

 じんわりと草いきれが漂う中、清水しみずやアリスも自分の馬車に戻るのだった。


「どういえばどこまで知ってるんだ?」


 ふかふかとした席に背をもたれながら、なんの気なしに尋ねてみる。


「勇者のこと・魔王のこと・これから起きようとしていることなど、ですか?」

「だいたいそんな感じの」


 適当に答える。

 彼女は少し視線を下げてから、落ち着いた様子で口を開いた。


「すでに噂になっていますよ。『魔王が災厄を呼び出す』と予言されて勇者が呼び出されました。貴族は日夜家にこもり、戦神ヴィクトルに祈りを捧げています」


 彼女がすらすらと説明するのを、青年は真顔で聞いている。


「情報は錯綜さくそうしているけれど、予言だけは真実なのです。『世界が闇を覆わんとする時、光の勇者は現る』今まさに本物の闇が降臨しようとしています。ですが……」


 上を向き、眉を寄せる。


「なんだよ、釈然しゃくぜんとしてないみたいだけど」

「はい。どうして今更なのだろうと思いまして」


 声が小さくなる。


「イノセンテとの戦争が終わって一世紀は経ちます。和解も成立し条約も結びました。ようやく世界が平和を取り戻してきたというときなのに、どうしてと。まだ戦争を諦めていないのか、この期に及んで人間を憎んでおいでなのか……」


 沈痛な面持ちで遠くを見つめる。自分の進むべき道に迷っている風にも見えた。

 事情をよく知らない青年に言えることはない。


 それよりも気になるのは予言だ。

『世界が闇を覆わんとする時、光の勇者は現る』とあるけれど、清水の属性は水属性。光の勇者ではないが大丈夫なのだろうか。一抹の不安が頭をよぎる。


 いいや、自分が勇者であることに変わりはない。

 深く考えずにやるべきことをやるまでだ。

 首を激しく横に振り、ポケットに手を突っ込む。硬いコインをギュッと握り込んだ。



 平原が途絶えた。灰茶色の地面に石ころが転がっている。

 左右を巨大な山に囲まれているため圧迫感があり、道はどんどん狭くなっている。


 細かな石の粒を蹴り飛ばしながら馬車は進み、ついに谷間の村に着いた。

 アッシュ王国の南側の地域で地図にはガレットと書かれている。

 ブレマリーンが近づいている予感がする。移動を馬に任せて楽をしてきただけなのに、達成感があった。


「お疲れ様、また次もよろしくね」


 馬車から下りて、白馬のほうを向く。

 令嬢が呼びかけるとギモーヴは空へと駆け上り、太陽の向こうへ消えた。

 馬車が星になったのを見送って、前を向く。


「少し休憩しに行きましょうか。田舎もいいところですよ」

「へー、ガレットってどんなところだろう。いい宿でもあるのかな」


 二人は淡々と歩き出し、木の門をくぐった。

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