星柄少女のお守り

「ギモーヴくん」


 平原の真ん中で虚空こくうに向かって手を振る令嬢を、清水しみずは不思議そうな目で眺める。

 空は青く、なにもない。じっと見つめていると、きらりとなにかが光った。

 二頭の白馬が流星のように駆けてくる。後ろには深紫の車体。洗練された見た目で、シックな印象を受けた。


「本当に来たよ」

「専属の契約獣ですから」


 誇らしげに胸を張る。

 貴族特権だろうか。


「とはいえ仮契約のようなものでして。移動距離は制限されていて、国境を越えることはできないのです」


 言いずらそうに目をそらし。

 未熟さをごまかして声を張り上げる。


「さあ、行きましょう。行き先はブレマリーンです」


 はりきった言葉にうんと頷く。

 うながされるままに彼は馬車に乗り込んだ。


 二人で座席につく。傍らにはアイスブルーの石が置いてあった。ひんやりとして気持ちがいい。外を歩くよりも快適そうだ。

 早く出発しないものかと窓の外を見つめていると、いつの間にか外の景色が動いていた。音もなく駆け出していたらしい。行き先は分かっている様子だった。


「ブレマリーンとやらは湾岸都市なんだよな?」


 ぎこちない口調。彼女と相対すると緊張して、力が入る。

 反対にアリスは全く気にしていない。


「アッシュ王国でも二番目に大きな都市なんですよ。交易が盛んで、東方への玄関口でもあります。ウィル湾に面して、日が沈むとキラキラと輝くのです。民家もそれに負けないくらいの黄金色で」


 目をきらめかせながら都市の魅力を熱説する。

 聞いていると早く行ってみたくなる。

 そうでなくとも田舎者だ。観光はしてみたい。

 とはいえ今は魔王討伐の旅の最中。のんきに構えてはいられないと思うと、気が沈む。


「ユウマ、ブレマリーンへ行くにはシエル平原を越えなくてはなりません」

「だからこうして馬車に揺られてるわけか」


 揺られてる……?

 どちらかといえば飛んでいる感覚だ。

 振動は抑えられていて、乗り心地はよい。

 速さも抵抗もなく、景色だけが高速で流れていく。早送りの映像を見せられているようで、情緒もなにもあったものではない。


 若干えて嘆息たんそくしたとき、ヒヒンと声がした。

 ギモーヴが急停車する。

 カーテンをめくって窓から覗き見ると、荒くれ者の影が複数見えた。行商人が使うようなほろを被った馬車を囲っている。


「ユウマ、大変です。きっと傭兵を連れていなかったのだわ。早く助けに参りましょう」


 バタンと扉を開け、勢いよく飛び出すアリス。

 待てとは言えず、伸ばしかけた手を引っ込める。

 清水しみずもまた覚悟を決めた顔で前を向き、後に続いた。


 なお、戦う間もなく盗賊は退散した。

 当初は「なんだてめぇ、あっちいけ」と高圧的だった男。ポケットに手をツッコミながらガンを飛ばしてきた。

 身の程知らずの不良盗賊を前に清水しみずは黙って剣を抜く。ギラリとした光を浴びて輝く刃。

 たちまち相手は青ざめた。一歩下がって、顔を見合わせる。


「今回はこの辺で勘弁してやる」

「手を出されなかったことに感謝するんだな」


 捨て台詞を吐くなり背を向けた。

 足元から土煙を上げて逃げていく後ろ姿を見送り、刃を収める。

 青年は満足げな顔をした。



 穏便に済んでよかったと一息ついたところ、ほろから人が出てくる。

 小柄な少女だった。

 星柄のトップスに、デニムのワイドパンツ。前髪ぱっつんのショートヘアで、活発な印象を受けた。手首にはピンクのリボンを巻き付けている。


「助けてくださりありがとうございます」


 拙いながらも丁寧に言い、ぺこりと頭を下げる。


「あなたは?」


 黒髪の青年の顔をまじまじと見つめ、首を傾ける。

 清水しみずは顔を引きつらせ、愛想笑い。

 どう話そうか迷っていると、先にアリスが前に出る。


「ユウマは勇者なのです。とっても素晴らしい功績を上げる予定なのですよ」


 令嬢はドヤ顔で主張する。

 清水しみずはビクッと体を震わせた。

 内心、ヒヤヒヤである。

 持ち上げられると恥ずかしくなるからやめてほしい。

 青年はひそかに肩を小さくした。


「大変、とんでもない方に助けられたのね。なんて幸運なのかしら」


 少女はおっとりと言い、顔を輝かせる。


「でも、勇者様だから、イノセンテに行くのね」

「なにか問題でもあるのか?」

「ううん、なんでもないの。でも危ないところだから気をつけてね」


 なめらかに語り、ポケットを漁る。ちょうど小銭を探すような感じ。

 実際に差し出してきたのはコインだった。ふっくらとした手のひらの上で純白に輝いている。

 アリスが興味深げに覗き込む中、清水しみずはピンと来ず、首をかしげた。


「売ったら駄目ですよ。肌見放さず持っているんです」

「分かった分かった。大切にするから」


 雑に答えて受け取る。

 平原を抜けるころには忘れていそうだと思いつつ、ポケットに押し込んだ。

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