危機一髪


 あきれていると足場がぐらりと揺れ、きゃあと悲鳴が上がった。

 バタバタと転ぶ音。清水は柵にしがみついて、なんとかこらえた。


「お、おい!」


 体勢を保ちながら空賊が叫ぶ。


「これ、傾いてやがるよな」

「なにがあったんだ!?」


 パニックになっている男たち。


「どうしたもなにも、あなた方が勢いに任せてぶつかってきたからではありませんか?」


 令嬢がロングスカートを揺らしながら立ち上がり、冷静に指摘する。据わった目付きだった。

 刺々しい空気が全体を包む。見る見る内に空賊は色を失う。

 彼らは思い出したらしい。自分たちが襲撃してきたときの光景を。

 確か、勢いよくぶつかって爆発音を上げていたような。


「そうだ! そうだった!」

「やべぇよ死にたくねぇ! どうにかしてくれぇヴィクトル様!」


 事を起こしておいて勝手にパニックに陥る空賊たち。

 無性に怒りたくなったが、それどころではない。

 彼らがオロオロとしている間にも高度は低下。浮遊感と風圧を身に受け、吹き飛ばされそうになる。


「こうなれば脱出するしか」


 奥歯を噛みながら端に寄る令嬢。


「浮遊の術でも使えるんですか?」


 魔女なら可能性はあるが、どうだろう。


「いいえ、ですが死ぬよりは」


 言いつつ身がすくんでいる。飛び降りる勇気がないのだ。


「さすがに無茶です。ここは僕がなんとかするんで、待ってください」


 説得の言葉に令嬢は目を見開く。


「本当ですか? あなたを信じていいのですね」


 希望を得たような問いかけにハッキリと頷く。

 本音を言えばうまくいく自信はない。だが、失敗しても挑戦しなくても、肉片と化すのは同じだ。どうせ死ぬなら試すしかない。

 目を閉じ、剣を握り込む。意識をおのれの奥底へと沈める。


 危機的な状況下で闘技場での戦いが脳裏に蘇ってきた。

 死を間近に感じ切羽詰まった状態で、青年は歴戦の騎士を倒した。今回も同じ危険を味わっているのなら、いけるかもしれない。

 水の属性を引き出し、飛空艇を軟着陸させる。勇者ならそれくらいはできるはずだ。


 目をカッと見開く。

 水のオーラをまとった青年。波のように髪が揺らめいた。立っているだけで力があふれてくる。

 彼を見て圧倒されたように固まる令嬢。

 彼女の視線すら意識を離れた。今はただ思うがままに力を放つのみ。


 刹那、ドーム状の水の塊が船体を覆う。

 技が発動したときにはすでに地上は間近だったが、墜落には間に合った。

 水のバリアはぷくっと膨らみ、衝撃を吸収。次の瞬間には弾けてキラキラと散ったものの、船は守られた。

 乗客も何名か擦りむいただけで、命に別状はない。

 平らになった甲板の上で青年は一仕事を終えた様子で、ふっと息をついた。


 ひとまず外に出て船の様子を確かめる。

 大破しているわけではないが、側面には細かな傷が刻まれており、プロペラの周りからは煙が上がっていた。

 大丈夫なのだろうか。

 眉を寄せていると、船の中から空色の髪をした女性が這い出てくる。


「うわ、大変なことになってる」


 彼女はゴーグル越しに目を見開いた後、流れるように青年のほうを向いた。


「君がなんとかしてくれたのか? ありがとう」


 ハッキリとした口調で感謝を述べ、きらりと笑う。


「ど、どうも」

「そうでしょう? 冷静な判断と的確な行動。彼が乗っていなければ全滅していたところです」


 頭をかき照れくさそうな反応を見せる青年の横で、令嬢が胸を張る。

 彼の代わりに自慢しているようだった。


「お怪我はしていませんか? 私なら治せますよ」

「頭を打ったとかじゃないから大丈夫。すってんころりんして舵を離しただけだから。それよりも機体はどうなんだろう。飛べるかな。怪しいな。損傷したから墜落したんだろうし」


 機長は顔を曇らせながら船に近寄る。

 見たところ、芳しくないようだ。


 空の旅が再開するまで時間がかかる予感がする。

 また新たな乗り場を探すしかないのだろうか。

 次のエリアに進むにしても、この広さ。

 あたりには隅々まで平原が広がっている。端には深い森が広がり、奥のほうにはマーガレットの花が咲き誇っていた。

 爽やかな風が吹き抜ければふわりと、清楚な香りが漂う。

 一方で木々の隙間には、枯れた月下美人が見えた。


 隕石が落ちたかのような古いクレーターもあるが、元からだろうか。

 後方にも石造りの遺跡が見える。過去になにがあった場所なのだろうか。


「あちらは無事なようでなによりです。歴史を紐解く鍵が失われたとなると、天地がひっくり返るような怒り方をしますものね、考古学者さんたちは」


 同じ場所を眺めて令嬢がほっこりと語る。

 気が緩んだのもつかの間、不躾が声が聞こえてきた。


「ひぃ、ひどいめに遭ったぜ」


 ざらざらとした軽装をまとった男たちは尻もちをつき、腰をさすっていた。


「おいそこのお前、手を貸せ。拒んだらどうなるか分かっているんだろうなぁ?」


 ふてぶてしい顔で睨みあげる。

 清水しみずは無言で相手に迫りつつ、令嬢と視線を合わせた。

 なにをするのか、答えは一つしかない。

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