飛空艇と空賊


 さんさんと降り注ぐ日差しの下、黙々と進む。

 季節は夏なようでじんわりと汗が滲んだ。

 もっとも、言うほど暑苦しくはない。現代よりも気温は低い上に空気がカラッとしているため、過ごしやすいのだ。


 歩きながら懐をゴソゴソと漁り、地図を取り出す。

 ハンカチのように折りたたんでいたものを広げると、宝の地図を手に入れたような高揚感。真新しいはずなのにくすんだ色をしており、クラシックな印象を受ける。


 アッシュ王国は大陸の端に近い。

 イノセンテというらしい魔王の領域はさらに南側でまさしく最果てだ。騎士が辺境の地と称したのにも頷ける。

 とはいえ国土の大きさはアッシュ王国と同じだ。

 災厄をもたらす力を持っていることもあり、気が抜けない。

 攻める前提になっていて気が滅入るが、行くしかないようだ。


 王都ルミエールから飛空艇に乗って、直接向かう。

 トボトボと乗り場まで行き、遊園地のアトラクションを待つ感覚で立っていると、飛空艇がやってきた。

 見た目は空飛ぶ船で頭のほうでくるくるとプロペラが回っている。

 本物だ。本当にあるのか半信半疑で、現実で見ることになるとは思わず、興奮する。

 いつまでも見入っていたい気持ちもあるが、観光客のように突っ立っているわけにもいかない。

 意を決して一歩を踏み出し、中に乗り込んだ。


 一旦停まっていたプロペラが回りだす。

 飛空艇は無事に大空に飛び立ち、銀の城壁で囲まれた都市を後にした。


 客は貴族が多い。

 デコルテの空いたドレスを着た女に、飾り襞のついたシャツを着た男など。

 勇者特権で乗ったが青年の格好は浮いている。

 周りが制服の中、一人だけ私服で登校したような、いたたまれなさ。


 隣の席には襟付きのブラウスにロングスカートを合わせた少女が座っている。

 厚化粧の大人が多い中ずいぶんと控えめだが、整った顔立ちには気品があった。

 内側からにじみ出る高貴さを見せつけられて、勝手に気が沈む。


 清水しみずは後ろの席で気配を消し、気持ちをごまかすように景色を眺めた。

 青く澄み渡った空、羽ばたく鳥たち。

 緑の森に豊かな田園風景は、上空からでも目立っていた。

 濃密な自然を眺めていると心が落ち着く。リアルの世界で飛行機に乗る時も同じ感覚を味わえるのだろうか。


 新鮮な気分になっていると、暴走族が鳴らすラッパのように騒がしい音が耳に入り込む。

 気を乱された気になって顔を揚げ、表情を固めた。


 前方に突如現れた、ビビッドカラーの船。大きな帆を見せつけるように張り、狂ったような速度で突っ込んでくる。

 軽装の乗組員が一斉に乗り移り、客へ銃を向けた。

 スピーディな襲撃に総毛立つ。

 周りは両手を上げるだけでろくな反応もできなかった。

 賊の一人が引き金を引き、弾を発射。ちょうど真横の板にぶつかった。

 穴から漏れる硝煙を横目に青ざめる。

 威嚇射撃だろうに本当に撃ち殺すつもりか。


「一歩でも動いて見ろ。この娘がどうなっても知らないぞ」


 いつの間にかロングスカートの少女を捕まえ、彼女の細い首に銃を突きつけていた。他のメンバーも客へ銃口を向けている。

 ただしの脅しだ。殺しはしない。分かっているはずなのに胸騒ぎがする。

 確信があった。彼らは撃つと。

 なにしろ実際に撃った光景を目の当たりにしたばかり。

 切迫感に駆られ、清水しみずは飛び出す。


「マジで動くやつがいるか」


 当惑するゴーグルの男。

 知ったことか。隙まみれなら突くのみ。迷いなく剣を抜く。

 腕を斬りつけると、ド派手に血が噴き出した。


「うぎゃあああ!」


 大げさに絶叫。銃を手放す。

 腕から力が抜けたのか令嬢が解放され、彼女はへなへなと座り込んだ。


「おい、勝手に離すな。根性を見せろ」

「痛い、痛ぇよ。うわ血が! 誰かなんとかしてくれ! 死んじまうよぉ!」


 腕を押さえて涙目で呼びかける空賊。

 当然ながら誰も助けない。皆、白々とした目で彼を見下ろしている。


「ああ、クソ。どうしてこうなった」


 舌打ちをするように吐き捨てる。

 こちらが聞きたい。さすがにグダグダにもほどがある。

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