不毛な決闘

 ギリギリまで説得を試みたが聞き入れてもらえなかった。なし崩し的に決闘に突入。

 宮殿と隣接するように建っている闘技場は、現在空っぽだ。バトルフィールドは平らで砂埃も立っていない。騎士と清水しみずは両端に立ち、向き合う。

 渋い顔の清水に対して、ギラギラと目を光らせる騎士。殺す気満々だ。どうやらクマと出遭ったつもりで迎撃するしかないらしい。

 手のひらにじっとりと汗をかきながら、剣を握りしめる。


「どうか本物であってくれよ」


 全ては武器の性能に掛かっている。

 ぬるぬると濡れた柄を固く握りしめ、弱い心を奮い立たせた。


 そして、相手が地を蹴る。

 抜き身の刃が冷たく輝く。完全に殺すつもりだ。ぞくりと息を呑む。

 身をすくめている間に、相手は手前まで接近。剣の先が迫る。

 目にも留まらぬ速度の突き。スピード感のある緊張に身を支配されながら、感覚だけで身を反らす。横切っていく刃の線を目で追った。

 すごい、かわせている!

 緊迫しつつも胸が高鳴る。


「まぐれが。調子に乗るな!」


 剣を向ける。刃が閃く。技を繰り出すつもりだ。

 目を見開き、硬直する。

 逃げ場はない。運命は決まった。完全に終わったと直感する。

 こうなればヤケだ。やれるだけのことはやるしかない。リミッターを外したつもりで剣を振り上げる。


「素人になにができる」


 少し離れた位置で騎士が口の右端をつり上げる。

 確かに見よう見まねだ。素人同然の剣戟けんげきが本物の騎士に届くはずがない。清水しみずも逆転に繋がる一手になるとは思っていなかった。


 しかし次の瞬間、まっすぐな刃から水色のオーラがあふれ出す。地割れを起こすような衝撃がフィールドを包んだ。


「なんだ? なにが起きている? まさか貴様も」


 困惑に目を白黒とさせながら膝をつき、柵か壁を求めて手を彷徨わせる騎士。

 清水しみずは構わず力を放出する。


「うがああああ!」


 剣を振るった先で騎士が弾け飛んだ。

 水色のオーラは波のようにフィールドを覆い、さらなる衝撃波が波を打つ。

 闘技場は爆発に包まれた。


 ほどなくして波は引く。

 クリアになった視界にほっとしたのもつかの間、半壊した闘技場が目に飛び込む。吹き飛んだ壁に砕けた破片。世界遺産にありそうな風情が痛々しい。


 目を丸くしつつ、まじまじと剣を見つめる。

 今のところは鋭いだけだ。特別なオーラは感じない。

 代わりに熱が体中を巡っている。肌の表面はひんやりとしているのに、なぜかポカポカと温かい。

 体の内側に眠るコアのようなものに意識が向く。目を閉じれば暗闇の中に赤い光が見えそうだった。


 強いのは勇者の剣か、本体か。


 まさかこれほどまでとは思わず、恐ろしさすら感じる。

 身震いしつつ前方を見れば、砂まみれになった騎士が倒れていた。

 腕をだらりと投げ出して気絶している。わけが分からないまま転がっているという形相だ。

 倒した本人は眉間にシワを寄せながらそちらに近づく。


「今からでも自爆ってことにできないかな」


 すっぱいものを食べたように顔をすぼめ、うつむく。

 実感はないのにやってしまった感しかない。


「見つかる前に逃げよ」


 汗をかき瞳を泳がしながら、目の前の惨状から顔を背ける。

 清水しみずは幽霊のようなポーズを取りながら、こそこそと闘技場を後にした。



 広場までやってくる。

 石畳を馬車が行き交う場所。

 頭上からは太陽がさんさんと降り注ぎ、ドレスを着た女性が扇を煽っている。


 平穏そうでなによりだ。

 肩を抜きつつ中央へと視線を向ける。

 視線が集中する位置に大理石の彫像が建っていた。

 見た目は宮殿の庭に置かれていたものとそっくり。モデルは同じ女なのだろうか。

 ぼんやりと眺めていると、不意に後ろに影が差す。


「うわ、とんでもないな」


 不意打ちの声にびくっと肩を跳ねる。

 警察に見つかった泥棒のような気持ちで振り向くと、短パンを履いた男が立っていた。

 薄めの顔立ちに無造作ヘア。履き古したブーツやナイフを挿した様は盗賊チックだ。曇り空と光の加減か肌が灰色がかって見える。


 そんなことより「やべぇ、見つかった」という気持ちでいっぱいだ。

 心が焦り出し、引きつった顔にダラダラと汗をかく。


「俺は闘技場の支配人ではないけど、弁償したいならこちらの番号をおすすめ――」

「ごめんなさい。派手にやってしまいました」


 早口で言うなり勢いよく頭を下げる。

 懲罰ちょうばつを受ける構えの勇者に対し、相手はきょとんと目を丸くした。


「勝負を挑んできたのは騎士のほうだろう。責任はあの人にあるはずだ」


 不思議そうに返す。

 清水しみずはすっと姿勢を戻し、間の抜けた顔で相手を見上げた。


「でもさっき弁償が云々って」

「いやだから支配人じゃないって言っただろ。それとも君は金を払いたいのか? 物好きなヒトもいたものだ」

「払いません。ありがとうございました」


 敬礼するような勢いで声を張り上げ、背筋を伸ばす。

 相手は無言だ。

 気まずい視線が心に刺さる中、彼に背を向け、ふと立ち止まる。


「あの、イノセンテってどこうやって行くんですか?」

「飛空艇に乗っていけばいいのではないか」


 男は観光ガイドをペラペラとめくりながら答えた。


「ありがとう、じゃあな」


 一度だけ振り返り、片手を上げて挨拶をし、即振り返る。

 すたすたと歩き出す青年。路地へと逃げ込み、ひと息つく。

 肝は冷えたがなんとかやり過ごせた。


「隙を見て国外逃亡とか出来ないものかね」


 やれたらやろう。


 頭上に雲の影が差し薄暗くなったのを見計らい、彼は身を乗り出した。

 そんな青年を陰からひっそりと追う影があることに、清水しみずは気づかなかった。

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