落語

イタチ

第1話

ガラクタの声


「師匠、余命一年になりました」

最近声の調子がおかしくなり、弟子に言われるがままに、病院に行くと

余命を、宣告されたわけである

ガンで、あった

もう手の施しようもなく、これであったら、抗ガン治療で衰弱せずに

そのまま、死を選んだ方が、良いのではないかと言われ

その話を聞いた後すぐに、電車に乗り、師匠の家の前についた

東京のはずれの一軒家

山間ではない、住宅地の一つの家の前に来る

どうしても緊張するが、その日のそれは、また別にあった

こんな気持ちは、はじめてである

芸のために、命は、いらない

そのすべてを、努力に費やし

もしかすると、目が出ると、そう考えていたが

まだ、早かった

つまらないと言い続けられ

誰かの二番煎じと、言われ

それでも、続けているうちに、少しは、本格派と言う一分には、入っていたが

まさか

毎日が、苦しい

いつも、自殺したい、この場から逃れたいと思って居たが

まさか、自殺や他さつの前に、自然の摂理の方から、お迎えに、来るとは、ある意味、ありがたいが、無念である

唯一の救いは、嫁子供が、いないことであろう

五十半ば

芸としては、これからだとでも言う所であろうか

それも、藪の中で、道さえないのかもしれないが

「どうなされましたか、あら、新吉」

おかみさんが、いまだに、和服を着ている

切り花の先生を、しているので、その流れであろう

いつも床の間には、裏千家の立花が、花瓶に、巧みな自然さと、ユーモアーにより

活けられている

しかし、それも短い命であろう

「師匠は、御在宅でしょうか」

メールも、電話も嫌いな師匠の連絡通信は、手紙か、直接行くしかない

そのせいもあり、この家のお茶は、高級なものが、いつもある

「はい、主人でしたら、床の間の方で、寝ていますよ

それにしても、立派になって・・でも、熱いわね」

外は、異常気象が、この都会のはずれまで、台風の尾のように、続いている

これも、学者に言わせれば、自業自得、科学的寸法では、異常ではなく、当然の帰結とでもいうべきか、うるとラマンやゴジラは、果たして一体、何を、説いてきたのか

そう言う意味では、機械に、取りつかれている現代人を、見るに、仏教者は、何をしていたのかと、

言うべきなのかもしれない

「失礼します」

この家に、後なんかい来るのだろう、出来れば、来たくはないが

しかし、それが、数回と、数得るくらいになると、考えるものがある

障子の前で、師匠の名前を呼ぶ

返事が、直ぐにあるので、それを、待ってから、障子を開いた

「お久しぶりです」

私は、丁寧に、ねころんで、待田商店街と黄色い紙に赤文字で書かれている

団扇を、仰いでいる師匠に、ヨツユビヲついて、お辞儀をした

「ああ、新吉か」

もうこの名前を、襲名して、何年たつのであろう

いまだに、新米のような、この言葉は、実に、あれである

米は新しい方が良いが

新米とは、なんだろうか

「何だ、改まって、自殺でもするのか」

さすが師匠である、いままで、そんなことは、一度も口にはしていなかったが

今日は、普段とは、自分が違く見えたのだろう

そんな鋭い事を言う

実際は、鏡を見たら、自分の予想に反して、苦しい顔をして居そうなのかもしれない

「にやけやがって、この世から俺よりも、先におさらばしようったって、そうはいかないぞ」

笑っていたとは、自分の顔のコントロールもできないようでは、芸人失格かも知れない

「いえ」

私は、断りを入れて

「ガンになりまして、一年で、お暇致します」

師匠が、煙管でも、ふかしたような、深いため息を立てて

いつの間にか、起き上がり、正座していた

「そうか、お疲れ、しかし、どうするつもりだ

舞台で、死ぬのか」

師匠が、意地の悪い猫みたいな、顔で、私を見た

先に死ねるので、うらやましいのだろうか

それとも、あの世の地獄で、先輩ずらされるのが、地獄百景亡者の旅よろしく、いやなのであろうか

いや、親より先に死ぬのだから、賽の河原で、子供たちと混ざり、ダイの大人が石積をしてロリコン扱いされるのであろうか

「はい、死ねるのなら、死にたいですが、そううまくはいかないでしょう

頑張りますが」

師匠は、何度か、他に、何か治療は、無いのか、と、聞いたが

これから調べても良いが、良いところの病院である

別に方法は、あるのかもしれないが

私には、分からなかった


「師匠、次の日曜日は、この病院に行きましょう」

十件目

そして、この弟子は、落語の本よりも、医療本を、読みやがる

最近では、大学頭のせいかは知らないが

英語の本を読んでいるが

なんとなくだが、駄目そうである

あとひと月

順調に、体調は、悪い

これは、不摂生に、日夜のけいこが、問題だったのか、今は、良くは、分からない

しかし、体中が、痛い

幸いなのは、声だけは、いまだに、元気だ

虫歯だらけで、虫歯ではない歯など、二三本と言う所を、弟子に促されて

必死に、歯磨きをし始めたのが三十台だ

実に、世間ずれしていたのかもしれない

しかし、これもそれも、昼夜、自殺願望者のように、無茶な稽古が、たたり、歯を磨く気力も、無いところが、落語家に、志願するような、阿呆だとわかる

口座から降りると、弟子に、抱きかかえられるようにし、引きずられて、楽屋から、車に乗る

こういう時、弟子は、便利だと思う

「師匠、何かあったら、電話してください」

師匠譲りの数少ない物に、電化製品が、嫌いだと言うものがあったが

それでも、電話は、あるので、多少、俗物的ではあろう

「ああ、ありがとう」

部屋に入る

落語以外何もない

いや、落語の本さえ、貰ったもの以外、余りない

料理を作りながら

二本の落語を、繰り返す

落ちは、どれも、似たり寄ったりだが

しかし、その流れは、いつも違う

同じなのに、なぜか違う

それは、決定的な物よりも、こうなってくると、いよいよ、異差が、違う気がする

電球の下で、ご飯を片付ける

これを食べないことで、これらの生物が、一年生き延びると考えるべきか

最後だから、食べつくそうと、考えるか

どちらにしても、わびしい食事を終え

もう一度、落語を、繰り返す

繰り返すことに意味があるのか

擦れすぎて、相手は面白くないのか

其れすらも分からない

ただ、相手の反応でやる

だから、俺は、何もしていない

動くのは、客の方だ


「師匠、大師匠が」

楽屋で、正座していると、弟子の権平が、ふすまを開けて、そんな事を言っている

「ああ」

私は、急いで、立ち上がろうとして、こけそうになり、踏ん張る

何たる体たらく

「ああ、いいいい」

師匠が、手で制しながら、言う

「今日で、一年目だな」

どこぞの落語の題名みたいなことを言う

「ええ、今日死ねたら、医学の進歩は、はなはなしいですね」

苦笑いをするが

正直、目の焦点が、濁っている気がする

「まあ、ありがとな」

師匠はそう言って、出ていく

師匠を、とりの前に、出させることに、私は、憤慨を、覚えてはいたが

しかし、譲れないという

遠くで、師匠の声がする

客は、笑いたいだけ、面白がりたい、違うものを見たい、共通の何かを、とんでもない物が見たい

その先に、一体何があるのか、それは日常か、繰り返しか

遠くで、出囃子が鳴る

「ああ、これに、何度、助けられたことか」

別段、助けられたわけではないが、常に、私の前には、これが鳴っていた

師匠は、もう降りたのだろうか

でも

私は、いつもの、鈴振り亭の距離を、歩く

そう、そうだ

思い出す

出囃子が、終わりかけている

私が据わると、丁度そこには、座布団が足にあった


「エー」

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落語 イタチ @zzed9

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