第9話 こんな筈じゃなかった~幸せになりたかっただけなのに~


 私、エレノーラは子爵家の中では比較的裕福なダランソン家に産まれた。

 広い領地と代々受け継がれたそれなりに発展した地方都市、そして先祖が結んだ盟約により精霊に守護された街と、子爵家全体で見たらかなり恵まれている方だと思う。

 そんな私は領地を隣にするバーイント家の次男、ヘクトール・バーイントと子供の頃から親に定められている婚約関係にあった。

 そう言った関係から子供の頃から親交がある幼馴染のヘクトールは、人に寛容で困った人を良く助ける男の子だった。子供のころはそんなヘクトールの事を好ましく思っていたし、その妻に収まる事を良しと思っていた。……見た目も悪くなかったし。


 だけどそれも地方で暮らしていたころまでの話。貴族の家の子女は14歳になると貴族学園に入学し、貴族の子女同士で共同生活を送る事になる。そこで私は貴族社会における地位の絶対性と格差を学び、また世の中にはヘクトールよりも格好良くてお金も地位もある男がたくさんある事を知ることになった。

 そして女子の中でも私は高位の貴族がうらやむほどの美貌の持ち主であること、女子同士の陰気な地位のマウントに対しで見た目で跳ね返せる美少女であるという事が、余計に私の家の低さを疎ましく思うようになった。もっと地位が高ければ、あんなブスどもに舐められることは無いのに!!この超可愛い私が!!!あんなブサイクな女達に舐められることなんてあってはいけないのよ!!

 見た目が劣る女に馬鹿にされて地位の低さ理由にを後ろ指刺されるこの屈辱!!美しさで私の足元にも及ばない女達に侮られることは耐え難かった。

 

 そうやって外の世界を知れば知るほど、優しく面倒見が良いだけで子爵家という低い地位のヘクトールに対しての愛情が薄れ、今まで感じていた魅力がカスみたいな無価値なものだと思うようになった。私の婚約者、ヘクトールは“ハズレ”、無価値な低ランク男子なのだと知り、悔しさに1人泣く夜もあった。困っている奴を助ける?友達に恵まれている?それがどうしたたかが子爵如きが!!!そんな低い地位に嫁げと言うのか!!折角持って生まれた美しさを飼い殺しにされる思いで悔しく、ヘクトールに憎しみを感じることもあった。


 男は冠、アクセサリー。貴族の妻にとって夫の地位と家柄こそがマウントの取り合いでの武器になるのだから。


 しかしそんな内心は表に出せないので、幼馴染で婚約者だという関係もあり本音はひた隠しにしながら、表では幼馴染の婚約者、仲睦まじい恋人を演じた。

 その理由には、私やヘクトールの共通の友人でもある、将軍家の娘シャーリーが本人は無自覚だけれどヘクトールに惹かれていることもあった。地位と家柄のいい娘が恋心を無自覚に憧れている男が自分のモノであるという優越感、もう超最高に気分が良い!!なぜかヘクトールの事をトールという不思議な愛称で呼ぶことは疑問だったけれど、兎も角自分の持ち物を人に羨ましがられるというのはそれだけで幸せな気持ちになる。人にマウント取られるのは腹立たしいけど人にマウントをとるのは気持ちいいからいくらでもして良いのよっ。

 カスでクズでオスとしての価値もないヘクトールの唯一の美点は、名門の子女シャーリーに惹かれていた事。浮気をするような男じゃないから安心して愉悦する事が出来る。そこだけはヘクトールと一緒にいて良かったかな。


 そして私は学園生活を送りながら言い寄ってくる男たちを選別し、ゴミルカス家のムーノに狙いを定めた。海辺で貿易の盛んな都市を領地に持ち、裕福で家柄も侯爵と非常に良い優良物件だった。脱糞以下の価値しかないヘクトールに比べたらまさにケーキのような存在。ムーノ自身も美形で、女遊びの激しい男だったが遊び相手の女は私の美しさと比べたらタンカス以下の雑魚ばかりなので私が思わせぶりなそぶりを見せるとあっさりのってきた。あとは私に惚れさせ裏で繋がり、私を手に入れるためには幼馴染で婚約者のヘクトールが邪魔だという事を吹聴するだけでムーノはあっさりやる気を出し、ヘクトールを始末するためにあれこれと動き始めた。……男の単純さ、チョロさに思わず笑ってしまいそうだったわ。

 あとは侯爵夫人の立場に収まり、贅沢三昧の暮らしをしながら子どもが出来たら頃合いを見てムーノを適当に毒でももって始末すればよい。子どもを傀儡にしながら侯爵家を牛耳れば、私の人生は安泰、万事がすべてうまくいく……そのはずだった。


 ムーノが密かにヘクトールを襲撃する計画を立てているのと時を同じくして両親に連れられて晩餐会に行ったところ私は流行りの毛皮製品をもっていないことでひどく馬鹿にされた。中央の、都会の貴族の娘の間では霊獣の毛皮で作った装飾品などが流行っているようだが、それを持たない事で笑われたのだ。


この私が!未来の侯爵夫人の私が!!顔面造形でもスタイルでも劣るクソドブスどもに!!!“霊獣の毛皮をお持ちでないなんて”等と失笑されるこの屈辱!!!!!!!!


 その場で全員皆殺しにしてやりたい気持ちになったけれど、そういえばうちの領地を守護しているのは霊獣のなかでも希少な、絶滅危惧種の白晶虎が居る事を思い出した。白晶虎の狩猟は今では禁止されており、出回っている分しかないため超高価な最高級の毛皮だ。それがあればあのクソ女達をざまぁしてやることができる。ざまぁは何より優先されるべきよね!

晩餐会から帰ってきた私は屈辱冷めやらぬうちにアホ女達を見返すべくすぐさま行動を開始した。

 領内の住民票をチェックし、妻に先立たれ父と幼い娘で貧しく慎ましやかに暮らしている家に目星をつけ、高給で召し抱えると父親を誘い出し、これで娘を学校に通わせられますと泣いて喜び頭を下げているところをすかさず撲殺。白晶虎も馬鹿じゃないから、犯人の身代わりにおいておく生贄は必要だから必要ない犠牲よ。どうせ貧乏人の命にたいした価値は無いし、私の毛皮狩りの役に立てば命にも価値が出るでしょ。

 娘の方はムーノを通じて知り合ったゴクドーに売り飛ばす事にした。1人残されるのも可哀想なのと小銭稼ぎを兼ねれる素晴らしいアイデア、あの世でお父さんに合わせてあげるのも優しさよね♫


 お父さんにあいたいと泣き叫ぶガキが五月蠅かったので、父親が死んだことを知らせると絶望の表情をして号泣しながら連れて行かれた。うるさいガキだったけれど児童臓物(ガキモツ)にされれば証拠も隠滅できるしやはり私は天才、あふれ出る叡智と美貌、天は私に2物を与えすぎたようだわ。


 そうして白晶虎の親たちが領内の巡回に出ている隙を狙って森にいけば、常日頃から人と触れ合っているからか2頭の白晶虎の子供達が喉を鳴らしながらしっぽを真っすぐ伸ばしてとてとてと擦り寄ってきた。

 手を伸ばせばクンクンと匂いを嗅いでから舌でぺろぺろと掌を舐めてくる警戒心のない毛皮に失笑がこぼれ出るのを我慢し、額をこすりつけてくる子虎を魔法で岩に叩き付けるとピクリとも動かなくなった。驚いて固まったもう一匹も逃がさないよう魔法で吹き飛ばして頭を岩に叩き付けると即死したので、さくさくと2匹分の毛皮を剥ぎ、持って帰る。これだけあれば上着だって作れる、あぁ、何に加工しようか楽しみでしかたがない、そんな幸福な気持ち。

 あとは親たちが戻ってくる前に、用意しておいた身代わりの亡骸を持って再度森に征き、子虎殺しをした狼藉者がいたため差し出しますという形だけの詫びとともに死体を森に放置する。完璧な計画過ぎるわ。


 ―――と思っていたらまさか“一族の母”が乗り込んできて、館ごと私を踏みつぶそうとした。子虎狩りは両親にも黙っていたのでひたすたシラをきったけれど、救けに来たと思ったら人を煽りに来たゴミカスヘクトールが私を嘲笑ってきてキレそうだった。

 突然悪臭の漂う謎のものに飲み込まれて圧倒的な力を手に入れる事が出来て、白晶虎の“一族の母”を一撃で瀕死に出来る強烈な魔法の力に酔いしれていると、何故かヘクトールによく似た青年の姿が脳裏に浮かびその青年を私はトールと呼びバカにしている記憶を見た。

 ……視たことのないはずの記憶を視たことがあるように感じる。存在しない記憶。そこでは私は勇者と呼ばれる男の子と幼馴染で――――記憶の底から湧き上がるような視たことのない記憶だったが、それは気にしない事にした。

 

 そして私を助けようともしなかった最低のゴミ野郎のヘクトールを殺そうとしたら返り討ちに遭い瞬殺されてしまった。そのままどれだけ私が可哀想か、私に罪は無いかを説いたけれどヘクトールは聞く耳を持たず、弱り切ってボロボロになった私を捕らえて役人へと引き渡されてしまった。


 そして今の私は、役人に馬車で連行されている。ガタゴトという馬車の動きが不快で嘔吐しそうになるが、猿ぐつわの所為で吐きだせずに自分の吐瀉物を飲み込みなおす羽目になり、気持ち悪さに涙がこぼれる。  

 何より心を折るのが、私の身体中はしわしわのしおしお、絶対の自信をもっていた美貌は見る影はなくしわがれた老婆のような外見になってしまった事。

 何もかもを手に入れるはずだったのに、どこで間違えたのか何もかもぜんぶなくしてしまった。このまま連行されても、魔族の拷問官に自白させられて処刑されるのはわかりきっている。やりなおしたい、こんな風になるなら何もせずにヘクトールの妻に収まっていた方がまだマシだった。……どうして、順調だと思った計画が何でこんな事になっているの??こんな筈じゃなかったのに。幸せになりたかっただけなのに!!悔しさと悲しさで止まらない涙をぬぐう事も出来ない。畜生、畜生!ぢぐじょう!!!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!

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