第8話 汚馴染よ、大地に還れ(まだ生きてる)


 墜落した後うずくまったままのエレノーラに近づくと、落下のダメージもあったのかボロボロの様子ですすり泣いていた。ダメージが大きすぎて身体を動かすこともできないのか、逃げようとしてビクンビクンと痙攣するようにもがいているがその場から動くことすらできないでいる……なんだかとっても惨めだね!


「ど、どうして私がこんな事に……なんで私がこんな目に遭うのよぉ」


「そりゃ悪いことしたからだろ」


 ため息とともにツッコミを返すと、エレノーラは顔を手で覆い声を上げて泣きだした。


「私は悪いことなんてしてない!私は何も悪く無い!今よりもっとよく、もっと上に、もっと豊かに暮らしたかっただけ!幸せになろうとすることが悪い事だっていうの?!?!だってそれが貴族じゃない!!わたしわるいことしてないわよぉぉぉぉぉぉうわああああああああああああああああっ!!」


 うーん、やっていいことと悪い事の区別をつけるのは結局自分自身で、そこを踏み越えたんだからその落とし前をつけるのも自分自身だろう、と思うんだけど……なんだこの他責思考。この期に被害者面で喚くエレノーラに対しても全く同情心はわかない。


それよりもこいつどう始末をつけさせるのが一番良くおさまるかで悩んでいると、俺とエレノーラのやり取りを無視して女神が割り込んできた。 


「はいはーい、そういうのは興味無いしどうでもいいからサクッと浄化させてもらうわねー」


 そう言いながら女神が蹲るエレノーラに向かって両掌を向けて瞳を閉じると、エレノーラの身体を光が包み込んだ。


「い、いやっ、何これ?!溶ける?!力がとけりゅうううううう!」


 絶叫するエレノーラの口が大きく開き、その口から先ほどエレノーラが飲み込んだ汚泥のような汚物がダムの放水のように勢いよく噴出した。吐き出す汚物は肥溜めのような悪臭を放ち、あまりの臭さに思わず鼻をつまむがそれでも匂いが貫通してくる。これ実質ウンコじゃん!!見た目も匂いも最悪の絵面に顔をしかめながら見届ける。


「オゲエエエエ、ゲロロロロロロロオッボアアアアアアアアアア!!」 


 嘔吐することで痛みを感じているのか、涙を流しながら吐き続けるエレノーラ。そして吐き出された汚泥は大気中で光に包まれると糞便色から白へと色が変わり、その後大気中に霧散していく。おぉ、女神が初めて女神らしい事してる!

 最後の一滴までを嘔吐しきると、ガリガリのミイラのようになったエレノーラが地面に倒れ込むようにして気絶した。肌はカサカサ、髪はボロボロで以前のような美貌は失われていた。


「なぁ女神、これお前がやったのか?」


「えぇ、この女に取り込まれていた負の煮凝り的なもの、よくないものを全部吐き出させて浄化したわ。これでこの辺りの淀みは正常化されて元に戻ったから大丈夫」


「おっ、それは何よりだ。……それでエレノーラ自身がは干からびた老婆みたいになってるのはなんでだ?」


「それは取り込んでいた負の煮凝り的なものを女神の力で強制的にひきはがしたからよ。

 多分、この女の融合係数が高すぎたから引きはがした時に一気に生命力とかを喪失したんだと思う。調子に乗ってバカスカ力を使ってなければ融合係数が上がらずこんな風に老化することも無かったと思うけどね。……ただ、魔女マルールの力をもともと自分が持っていたみたいにすんなり使いこなせていたのは不思議だけど」


 そうか、身の丈を越えた力に調子に乗ってしまったのは不運だったかもしれないが悪い事してたのはまた別問題の自業自得だしなぁ。

 様子見だけのつもりで立ち寄っただけだけど、なんだかまさかこんな事に成るなんてなぁ。

 とはいえ再起不能になっているので確保しておくに越したことは無いので、念のために両手足をぽきぽきんと折って動けなくした後で、呪文を唱えることもできないように猿ぐつわをはめることにする、拘束されている間も命乞いとか情に訴えようとしていたけれどすまんが命を狙われて情をかけれる程俺は慈悲深くないのだ。せいぜい声をかけてやる事だけはしてやろう。


「お前が、貴族学園で何を感じて考えが変わってこんな凶行……というか愚行に走ったのはわかんねぇけどさ。―――それでも、ジルクやシャーリーや、友達と一緒に過ごした時間は本物だっただろ?」


 俺の言葉に何を想ったのか俯いたまま黙り、大人しくなるエレノーラ。

 あとは“一族の母”の様子を確認するとダメージをうけてはいるが命にかかわるほどのものではないようで、女神に回復魔法をかけてもらうとすっかり全快になっていた。その回復魔法はさすが女神というか、腐っても女神というかかつての勇者パーティの聖女と比べても遜色がないものだった。

 命を救われた礼をしたいと申し出る“一族の母”に対しては固辞しつつ、そのあたりの話はいずれという事になった。俺としては話の流れだし別に気にしなくてもいいんだけどね。

 そしてエレノーラの処遇に関しては、生殺与奪の権利は倒したものにあるという白晶虎の掟により俺に委ねられた。俺としては我が子の恨みを晴らすべく“一族の母”に踏みつぶしてもらっても私は一向に構わんッッ!と言ったけれど、白晶虎なりのルールがあるらしい。

 

 それならこっちで始末をつける、まぁ助かる事はあるまいよと“一族の母”に別れを告げた後、ダランソンの館にいるエレノーラの家族たちや使用人に向かって、エレノーラは法廷に突き出させてもらう事を叫んでからエレノーラを馬に積んで持ち帰る。

 館からは抗議の声が返ってきていたが無視。エレノーラの家族はまだ白晶虎が外にいるからか怯えて外に出てこない様子なので、娘を取り返したいなら外に出てこればと返したら黙った。うーん、娘の安否より自分の命って感じがエレノーラの親よなぁ。


 帰りの森も相変わらず静かだったが、女神曰く不浄なものを処理したから少しずつ生き物も戻ってくるはず、という事だった。


 そしてエレノーラを連れて家に帰ると、またもや友人が派遣してくれていた役人さん一行が待機してくれていた。

 なんぞ?と思って役人さんに話を聞くと、どうもムーノを始末したら俺はエレノーラの所に行って多分確保してくるだろうとして先んじて派遣してくれていたらしい。うーん、完全に俺の行動を先読みされてますね。経緯は違ったけど結果としてエレノーラを連れ帰る事になったのでその読みはバッチリですよ。

 

 老婆のようになったエレノーラに、俺の家の人間だけでなく役人たちもびっくりしていた。貴族学園にいたころは学園でも五指に入る美人だったエレノーラが、いまはしわくちゃの干物みたいになってるんだかららね。……そのことについては後々俺も事情聴取をされることになると思うので、友人達に根回しをしておいたほうが良いかもしれない。


 ―――こうしてムーノとエレノーラは掴まり、ひとまずひと段落。

 一足先に連行されたムーノは魔族の拷問官がウキウキしながらあげて落とす精神破壊をして自白させてるとか教えてくれた。悪い事するとそう言う目に遭うんですわ、しかたがないよね。

 

 しかし今回は手近にあったけどこれ大陸中に散らばってたら処理するのに結構時間がかかるんじゃないか?という疑問があったので聞いてみた。


「あ、遠方の異常の中でも特に遠い大陸西側で発生していた異常はなくなってたのよ~。故意か偶然かはわからないけれどたぶん誰かが消滅させてくれたんだと思う。私の浄化じゃなくても、トールの馬鹿力の闘気噴射とかみたいな単純に威力のある技を使える誰かが負の煮凝りに気づいてくれたのかもしれないわね」


 へぇ、それはちょっと気になるな。俺と同じくらいの力を持つ誰か、か。ふと、前世で行動を共にした―――世界を平和に導いた立役者、生涯の相棒の後ろ姿が思い浮かんだ。……まさか、ね。

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