第2話 切れ長い口
ゴトゴトと、ベランガスに向かうウンド・シャトルが揺れる。
草食獣ウンドの引く、荷車。
穀物の入った木箱がいくつかと、二人の獣人を乗せて。
荷車のボディは船と同じ設計で浮力があり、川を渡ることも可能になっている。
昔はちょっとした距離で尻が割れかけたものだが、今は金属加工の妙により凹凸が吸収され大分楽になった。
10人程と荷物を載せるほどの荷車を引ける大型動物のウンドは賢く、ルートが餌場で繋がれていれば操手が無くとも巡回することができる。
ただその長毛からか匂いがキツく、嗅覚の強い獣人は苦手で乗れぬという者も多い。
「クアはシャトル大好き。臭いけど歩かなくていいから」
「良かったな」
ちなみに冒険者は運賃の割引が効き、代わりとして貨物を狙う賊への対処を求められる。
……そして、ベランガスではクアに冒険者証を取らせなければならない。
亜人差別の残る地方の冒険者安全協会では発行を許されない可能性を捨てきれない。その点、ベランガスのような都市ならば獣人魔術師の認可に前例がある筈だ。
魔術士の冒険者免許が無いことには、最新の魔術書が入手できない。日々更新される構文を入手できないことは術使としての死を意味する。
当のダインといえば、戦後のどさくさで免許を得た。
人間やエルフの欲のために死ぬ思いをしたのだ。それくらいは良いだろう。
「なぁ…クア。しつこいようだが……」
「わかってますって、お師匠。街に入ったら魔術は使わない。です」
クアは景色から視線を外さず続ける。
「クアは魔術を進んで使ったりしません」
「そうだったな」
「お師匠は『罪おじ』なんだからわかるでしょ」
時折、こうして少女は白狼を『罪おじ』と呼ぶ。
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ケモノに生まれた者にとっての天職はなんだろう?
推論を飛ばそう。ケモノらしく。
それは、殺しだ。
狩りと呼べば和らぐだろうか? 逆だろうか?
人の形に近づいても何故、この切れ長い口、牙は獣のままなのだろう。
この体は今も殺しの形を成し、生暖かい血肉を欲している。
殺しを主な生業としていた頃。
若さ故、本能に純朴だったわたしは魔力でより殺しを特化させた。
手際良く、次々と標的を透明にした。
そしてある日気付いた。
自身こそが、完全に透けていることに。
罪の色は血の赤や闇の黒ではない。
ただただ、透明だ。
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「あ、ウンドがうんちしました。今なら後ろに見えますよ」
「ウンドの糞は見慣れてるからいい」
「クアはきっと一生、うんちの事じゃお師匠に追いつけないだろうな」
「嬉しくないな」
シャトルはしばらく斜度の高い峠道を登っている。
出発して二時間。ダインの記憶が正しければ、この丘を越えればベランガスに入る。
「がんばれー、ウンドー、ねぇお師匠も応援して」
「……必要無い。貨物も少ないし余裕だろう」
シャトルが減速した。
操主のオッサンが振り返りダインに声をかける。
「ウンドは頭いいから気持ち伝わっちゃうんですよー。獣の父さん、どうかお嬢さんと一緒に応援してやってください」
狼と兎だ、親子に見えないだろう全然。
「…………」
「わー、お師匠のせいで日が暮れちゃうヨー」
シャトルの進みがゆっくりもったり、更に減速していくように感じられる。
「ウ……………………ウンド、気合だ……」
ウンドの足並みが元のテンポに戻る。
わたしは見逃さなかった。操手の手綱を引く手を。
クアといえば、両手で長い垂れ耳を持ち口元のにやけを隠している。
そうしてるうち、『ウンドのがんばり』でシャトルは長い日陰の坂を登りきった。
夕日、海、港湾に広がる大都市が一気に視界に飛び込んでくる。
クアが身を乗り出す。
「すごい! きれい!! うみ! たのしい!!!」
浴びるような壮観に向けて、少女は童心をそのまま口にした。
ダインもまた、橙色の優しい閃光に目を細めた。
【続く】
挿絵
・「すごい! きれい!! うみ! たのしい!!!」
https://kakuyomu.jp/users/nagimiso/news/16818093083793352346
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