第1話 旅の魔物



 キキィンッ!


 早朝。渓谷。

 刃物同士の弾け合う音が響き、沢の音に溶けていく。


 初老の狼系獣人の男『ダイン』が右手の曲刀を垂直に構え、静かな足運びに黒のローブが揺れる。

 白銀に刻まれた目を細め、教える。


「今の連撃は良かった。そう、お前の持ち味はその俊敏さだ。回数を稼げ」


 兎系獣人の少女『クア』が山吹色にて先の白い垂れ耳を揺らし、荒い息の隙間ぼやき問う。


「……あのぉ、クアもぉ、お師匠もですよねぇ… なんでこんなに毎日…剣術のお稽古がいるんですかぁ」


 短刀の構えが疲労に下がってきている。


「何度も言っている。わたし達は魔力ではエルフに、おそらく人間にすら敵わない。まずは彼等に勝るこの体躯を使い、魔術を最大限に活かせる瞬間を作りだす」


 いつもの説法。


「たとえ魔術使いであっても活路は爪で導け、それがケモノの道だ」


「はい、出ましたー。今日のケモノのみちィー」


「んな、ッとぉ」


 ヒュンッッ


 軽口により作られた隙への剣撃を毛皮一枚のところで避ける。

 クアの『疾さ』は狩人レンジャーのような軽装も助けてかダインを超えることがある。


 そして額にドヤと書いたクアが言う。


「マジな台詞をと隙ができる。クアが見つけたお師匠の弱点です」


「なるほど、やるなぁ…」


「天才クアのダイン様より勝るやつがまたひとつ追加! なのです」


 我々亜人にお作法は無い、勝てば良い…という教えを彼女は忠実に守っている。


「……うむ、まあよし。休憩にするか」


「やったー、クアもうお喉からからー」


 早速、兎の少女はぴょんぴょんと沢に降り水を汲み、何かを溶かして飲んでいる。

 果物を磨り潰して粉にしたものだ。


 山道を移動する度、彼女はいつの間にか果実の類を鞄一杯に溜め込んでいる。

 わたしと出会う以前はこうして暮らしていたのだろう。


 岩に腰を下ろし、木の実をかじる。


 この渓谷より南西に10カリック程の移動で当面の目的地のベランガスだ。

 魔石貿易で発展した、冒険者の集まる港湾都市。一体、いつぶりだろうか。


 街に入れば魔術の稽古は難しいので、これも山中で済ませておかねばならない。



 ・


 今更、言うことでもないだろう。


 魔力を持つケモノは魔物イレギュラーと呼ばれ、忌み嫌われている。


 同族内ですら居場所が無い。むしろ、と加えてもいいだろう。


 わたし達はまるで肩を寄せ合うよう旅をしている。

 魔術の師弟、という関係だ。


 だがいずれわたしが居なくなった時、彼女はまた孤独な魔物になってしまう。


 出会った時、少女は言った。


『クアはケモノの魔法のお友だちがほしいです』


 そしてわたしの旅路に(半ば強引に)合流した。

 いつからかその『友達探し』は、白狼の旅の目的の一部になった。


 前向きな目的が増えるってのは、今のわたしにとって悪くないことだ。


 悪くは、ないことだ。



 ・



「お師匠、まぁーた得意の遠い目ですか」


 いつの間にかクアが横にいた。

 手に山葡萄イエンベリーの枝を持っている。


「遠い目をすると固有時間が早く進んですぐにジジババになっちゃうって本に書いてありました」


「では、これから考え事をする時は近くを見る事としよう」


「それより、ベランガスにはいつ着くんですか? 冒険者の集まる街なんですよね? 大きな街初めてなので、クアすごい楽しみにしてます」


 枝より葡萄をプチプチと取り、口にしながら言った。


「そうだな。この後に魔術の稽古を済ませ、昼に出れば夕方には着く」


「ぶえー、まだお稽古があった」


「……クア、お前もいつか弟子に教える時がくる。その日の為だ」


 木々の隙を風が抜け、森の音がする。


「しょうがないですねぇ。だったら、がんばらないといけないです」


 クアはわたしの手のひらに葡萄を二粒置いた。





【続く】


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