『白狼のダイン』 #イズミと竜の図鑑
凪水そう
第0話 焚き火の前で
「ねぇお師匠、おししょう!」
林間、向こうにせせらぎ響く夕暮れ。
「ハム焦げちゃいます」
「おっとすまない」
初老のケのモノは枝を手に焚き火に乗せた小さなフライパンよりハムを摘み上げ、肉汁を落とし切らぬよう木の皿に移すと手早くカットし葉を添えてパンに乗せた。
焔に照らされた湯気が鼻先に立ち上り空腹をより形どる。
「お師匠はカリッカリのカッチカチに揚げちゃうのが好きみたいですけど、クアは端っこカリカリ真ん中柔らかぐらいが好みです」
ハーブとキノコのスープをかき混ぜながらクアは低いマズルを尖らせた。
魔術の教えは愚直というほど素直に聞く彼女であるが、こと食事の件となると巨岩のごとく譲りを見せない。
「この飯に関する力関係が定着したのはいつのことだったか……」
「出会ったその時からですよ……ッて待ってくださいその小袋またいつもの
クアは旅の荷物をごそごそと、小さなポーチより小瓶をふたつ取り出した。
「
少女は職人の顔になりサンドに紫と黄色、2色の魔法を施す。
そして完璧なドヤ顔に表情を変え、出来上がりを差し出した。
「わたしは甘いものを食う習慣が無かったからなぁ……」
とは言え冷めぬうちにとサンドを齧る。
ベリーの甘酸っぱさとマスタードの程よい辛味が肉の野生味と仲良く同居している。
いつもの味付けと違う食事は異なる箇所の疲れに染み入るように感じられた。
そして何故だか旨味がおかしさに変わり、笑みがこぼれてしまう。
「ふ」
「え、ちょ、どうして上から目線なんですかー!? たしかにクアよりお師匠のほうが長く生きていますよ? けどご飯に関してはクアのほうがたくさん考えてきた自負があります」
不意の笑みはクアにとって好意的なものには見えなかったらしく小さな口をへの字にしている。
「そうだな、それはたいしたものだ。わたしはどれ程の差をつけられている?」
「お師匠が1日のうちご飯について1秒考えているとして、クアは1日中考えています。それはもう圧倒的なのです」
少女の大きな瞳が真剣ですと焚き火を映していた。
「で、ダイン様。お味はいかがです?」
「うん、美味い」
白狼はスープを啜り、温もりに目を細める。
サンドの味付けはマスタードが勝るよう調整されており、それはダインの好みを考慮したものだった。
調理で人を喜ばせることについて、わたしが彼女に勝る日はこないのだろう。
そして魔術についてもいつかは。
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獣人魔術師の御話
『白狼のダイン』
【登場人物】
ダイン・・・獣人魔術師の初老男性。旅をしている。
https://kakuyomu.jp/users/nagimiso/news/16818093082431229220
クア・・・獣人魔術士の少女。ダインの弟子。
https://kakuyomu.jp/users/nagimiso/news/16818093082431302387
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