第6話 晩酌ですよ、旦那さま♡

「梢ちゃん、本当にお酒飲めるの?」

「飲めます。私、21歳なんですよ?」


 デートから帰ってきて、夕飯も食べて、お風呂も済ませた。

 後はもう眠るだけ。


 そんな時に、梢ちゃんがお酒を持ってきた。


「いーくんはお酒、好きですか?」

「普通……かな。飲み会とかでは飲むけど、家ではあんまり飲まないかも」

「私は、旦那さまと飲むお酒なら大好きです」

「普段は飲むの?」

「いいえ、まったく!」


 ……それ、大丈夫なの?


 まあ、もう家だし、俺しかいないし、いいか。


「男の人がいる場所ではお酒を飲まないように、ってお母さんに言われてるんです」

「一応聞くけど、俺はいいの?」

「はい、旦那さまですから!」


 本当信頼されてるなぁ、俺。


「旦那さまも、私以外の女の人とあんまりお酒飲んじゃ駄目ですよ」

「自分で言うのもなんだけど、俺モテないからね?」

「だとしても、私が嫌なんです。いーくんは私のだから」





「じゃあ、乾杯しましょう」

「うん、乾杯」


 乾杯の音が響く。


「……お酒飲むの、俺も久しぶりかも」

「ふふ。いーくんが酔ったら、私が介抱してあげます」

「ありがとう。大丈夫だとは思うけど」


 ごくごく、と勢いよく梢が酒を飲む。


 こんなに飲んで、大丈夫かな。

 まあでも、梢ちゃんがどうなるのか、ちょっと気になるかも。





「旦那さまぁ〜、ねえ、旦那さまってばぁ」


 甘えた声で言って、梢ちゃんが肩にもたれかかってくる。

 目はとろんとしていて、少し酒臭い。


 完全に、酔っ払いだ。


「梢ちゃん、水飲む?」

「お酒! お酒飲みます。ていうか、いーくんも、もっと飲んでください。私のお酒が飲めないんですか!?」

「……落ち着いて、梢ちゃん」


 トントン、と梢ちゃんの肩を叩く。


「いーくんは落ち着き過ぎです! 私がこんなにアピールしてるっていうのに」


 不貞腐れたように言うと、梢ちゃんはまた酒を飲んだ。


「私ばっかり大好きで、悔しいです」

「梢ちゃん……」

「でもやっぱり大好きです、いーくんのこと」


 ぎゅ、と梢ちゃんが抱きついてくる。

 首筋に梢ちゃんの息がかかった。


「……ここにくるの、すごく緊張したんです。いーくんに受け入れられてもらえなかったら、どうしようって」

「……そうだったんだ」

「ずっと、ずっといーくんが好きでした。でも、いーくんは違うかも、彼女がいるかも……なんて思ったら、連絡をとるのも怖くて」


 俺の嫁、だなんて言っていきなり押しかけてきた梢ちゃん。

 いつも笑顔の梢ちゃんだけど、本当は不安な時もあったりするのかな。


「このまま会わなかったら、ずっといーくんを好きなままでいられる。拒まれて、傷つかずに済む。そう思って、なかなか会いにくる勇気が出なかったんです」

「……そうだったんだ」

「はい。でも、やっぱり諦められなくて。そんな時、お母さんが久しぶりにおばさんに会うって言ってて」


 なんとなく、俺は梢ちゃんの手を握った。

 梢ちゃんが、安心したように微笑む。


「いーくんに彼女がいないか聞いてきてほしいって、お願いしたんです」

「いたら、こないつもりだったの?」

「……正直、分かりません。でも、いないって聞いて、運命だって思ったんです」


 どんどん、梢ちゃんの声が強い意志を帯びたものになっていく。


「後悔なんてしないって決めました。だからいーくんが婚姻届にサインしてくれるまで、帰りません」

「……それはちょっと、早過ぎるんじゃないのかな」

「だって、モタモタしてる間に、いーくんが他の子にとられたら嫌だから」


 梢ちゃんには、いったい俺がどれほど魅力的に見えてるんだろうか。

 恋の魔法というものは恐ろしい。


「いーくんのこと、本当の本当に、大好きだから」


 梢ちゃんにかかった恋の魔法。

 これが、ずっと解けなければいいのに。


「だからお願いです。私のこと、早くお嫁さんにしてください。大好きです、いーくん」


 ああ、たぶん、キスされる。

 分かっているのに、いや、分かっているからだろうか。

 俺は、全く動けなかった。


 ちゅ、とリップ音が部屋に響く。


「ふふ。いーくんの唇、柔らかい……」


 少し経って、梢ちゃんの吐息が聞こえてくる。


「寝ちゃった」


 起こさないように、ベッドに運んであげよう。

 今日一日、俺のためにいろいろ考えてくれたんだから、そりゃあ疲れるよね。


「よし……軽いな、梢ちゃん」


 横抱きにして、ベッドまで運ぶ。


「……本当、どうしたらいいんだろ」


 梢ちゃんは相変わらず子供みたいで。

 でももう、お酒も飲める立派な大人で。

 俺と、たった2歳差の女の子で。


「はあ……」


 とりあえず、もうちょっとだけ飲んでしまおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る