第2話 可愛いは狡い

「おかえりなさい、旦那さま。もうご飯はできてますよ。今日はハンバーグです」

「た、ただいま」

「お仕事、もっと遅くなるかと思ってたので、早く会えて嬉しいです」


 おかえりなんて言われたの、何年ぶりだろう?


「いーくん、早く帰ってきてくれてありがとう」

「こっちこそありがとう。家の中も、かなり綺麗になってるし」


 ……可愛い。

 正直、めちゃくちゃ可愛い。


「もっと褒めてください。私、褒められると伸びるタイプなので」

「小さい時もそう言ってたね」


 見た目は変わったけど、変わってない部分もあるわけか。

 なんか、余計に可愛く思えてくるな……。


「ご飯、もう用意します? それとも、先にお風呂ですか? それとも」

「先にご飯で」

「もう! いーくん、なんで遮るの! いいところだったのに!」


 ……うわ。

 こうやって地団駄踏むところ、本当に変わってない。


「ごめんね、梢ちゃん。あまりにもお腹が減っちゃって。梢ちゃんの料理食べたいしさ」

「本当ですか?」

「ああ。今日、梢ちゃんがいるから、仕事早めに切り上げてきたんだ」

「いーくん……!!」


 だめだ。頭の中に昔の梢ちゃんが浮かんでくる。

 いーくんいーくんって、ひたすら俺に甘えてきてた梢ちゃんが。


 いーくん! と幼い梢の声が脳内で繰り返される。


「ご飯用意するので、着替えてきてください、旦那さま!」





「はい、どーぞ」


 テーブルに梢ちゃんが夕飯を並べる。


「ありがとう」

「実はハンバーグ、私の得意料理なんです」

「そっか。それは楽しみだな」


「……美味い」

「本当ですか!?」

「うん。本当に美味しい。お店で出されても違和感ないよ」

「ふふ……」


 めちゃくちゃにやついてるな、梢ちゃん。

 こういうところも変わってない。


「あ、そうだ。旦那さま」

「……その旦那さまっての、どうにかならないの?」

「だって梢、いーくんのお嫁さんだもん」


 違う。それは絶対に違う。

 でも、あんまりきつく言ったら、梢ちゃん泣いちゃうかもしれないよね。

 いや、今の梢ちゃんがもう大人で、泣き虫な小さい子じゃないってことは分かってるんだけど……。


「旦那さま。あーん」

「……」

「あーん!!」

「分かった。食べる、食べるから」

「それでいいんです」


 満足そうに笑い、あーん、とフォークに刺したハンバーグを差し出される。


 ここまできたらもう、食べるしかない。


「ふふ。全部、あーんで食べさせてあげましょうか?」

「大丈夫だから」

「……むぅ」


 頬を膨らませるって、子供か! ああもう、可愛いな。


 梢ちゃんは可愛い。たぶん、幼馴染の欲目を抜きにしても、かなりの美少女だ。

 腰まで伸びた黒髪に、アーモンド形の綺麗な瞳。肌も白くて華奢で、なんというか、守ってあげたくなる。


「……梢ちゃん」

「なんですか? 婚姻届に記入します?」

「違う。ここにくることって、俺の親だけじゃなくて、ちゃんと梢ちゃんの親にも言ってるんだよね?」

「はい。夏休みの間は、いーくんと同棲するって」

「……分かった」


 梢ちゃんの親にどう話が伝わっているかを考えると恐ろしいけど、まあ、親にちゃんと居場所を伝えているのなら安心だ。


「夏休みの間は、ここにいていい」

「本当に!?」

「うん。一応、これ渡しとくから」

「……合鍵!?」


 分かってる。分かってるんだ、よくないことは。

 ただ、幼馴染として、梢ちゃんを放っておくわけにもいかない。


「つまり、入籍ってこと……?」

「それは違うから」


 まったく、可愛いってのは狡い。


「とりあえず、なんか困ったことがあったらすぐ俺に言うこと。それと、危ないところには絶対行かないこと」

「いーくん……!」


 あくまでも夏休みの間、東京に遊びにきた幼馴染を家に泊める。それだけだ。


 

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