自称『俺の嫁』な幼馴染が、正式な『俺の嫁』を目指してグイグイくる

八星 こはく

第1話 幼馴染、襲来

※ボイスドラマ形式。会話+ト書き+モノローグのみ。





「もう12時か……」


 ドサッ、と荷物を置く音。


「はあ」


 社会人になって二年目。

 運が悪いことに激務な会社に入ってしまった俺は、仕事ばかりの日々を送っている。


「とにかく眠い、でも腹も減ったな……」


 ぎゅる、とお腹が鳴る。


「……カップ麺食べて寝よ」


 恋人なし、休みなし、おまけにたいした金もなし。

 それが今の俺……斎藤樹さいとういつきの、悲しい現実だ。





 インターフォンが鳴る。続いてゴンゴン! と何度も扉を叩く音。


「なに? ……まだ5時だっていうのに」


 玄関へ移動し、扉を開ける。

 すると目の前に、ロングヘアの美少女がいた。


「旦那さま、婚姻届を持ってきました!」

「……はあ?」

「知ってます? 婚姻届って、24時間、いつでも提出できるんですよ」

「……ちょっと待て。いや、お願い待って」


 俺は生まれてから一度も彼女ができたことはない。

 自分で言うのもなんだけど、モテたことだって、ただの一度もない。


 つまり、早朝から婚姻届を持ってくる美少女になんて、全く心当たりがないのだ。


「あの……誰、ですかね……?」

「そんな……! 旦那さま、酷いです。お嫁さんにそんなことを言うなんて」

「いや、えっと……とりあえず、俺は独身なんですけど」

「当たり前です。旦那さまと私は、これから婚姻届を出しに行くんですから」

「……だから、だ、誰なんです? 貴方は……」

「酷い! 本当に忘れたんですか? こずえ、泣いちゃいますよ」

「梢……って、あの梢ちゃん!?」


 まさかこの子が、本当にあの梢ちゃんなのか?

 実家の近所に住んでいた、あの可愛い梢ちゃん?


 2歳下の幼馴染、加賀美かがみ梢ちゃん。

 親同士の仲が良かったこともあって、俺はよく梢ちゃんの面倒を見ていた。

 でもそれも、10年以上前のことだ。

 中学校へ上がる前の春休みに、梢ちゃんは父親の転勤で北海道へ引っ越してしまったから。


「そうです。旦那さま、梢です」

「……梢ちゃんなのは分かった。で、その、旦那さま、っていうのは?」

「旦那さまは旦那さまです。だって私、旦那さまの……いーくんの、お嫁さんですから」


 そんな事実はない。

 俺にとって梢ちゃんは、妹のような存在だった。

 いーくんいーくんって慕ってくる梢ちゃんは、そりゃあもう可愛かったけども。


「私、今年で大学を卒業するんです。だから、そろそろ結婚してもいいんじゃないかなって」

「いやいや早いって!」

「そうですか? でも、いーくんは来年社会人三年目ですし、そろそろですよね?」

「……ていうか、なんでいきなり?」

「いきなりじゃないです。ずっと、こうしようって思ってました。とりあえず家の中、入れてください」

「……それはどうぞ」

「おじゃまします」


 梢が家の中に入り、玄関の鍵を閉める。


「旦那さま、あんまりお片付けはしてませんね? 脱ぎっぱなしの服も多いですし」

「……い、忙しくて」

「ですよね。お義母さんに聞きました」

「お義母さんって、俺の母さんのこと?」

「はい。そして、私のお義母さんです。ここの住所も、お義母さんに教えてもらったんですよ」


 マジか……!

 なんで勝手に俺の住所教えてるんだ。いや、教えるのは百歩譲っていいとしても、せめて連絡してほしかった。


「結婚の話も、もうしてます。お義母さんもお義父さんも大賛成でした。後は、いーくんがこれに記入するだけです」

「待って。あまりにも展開が早すぎる」

「そうですか? 私としては、もう何年も待ってるんですけど。……分かりました。じゃあこれから一緒に生活していく中で、私をお嫁さんにしたいと思わせてみせます」

「……ん?」


 今この子、なんて言った?

 これから一緒に生活していく中で……?


「私は今、北海道の大学に通ってるんです」

「……そうなんだね。で、はるばる、東京までやってきたと」

「はい。夏休みですから」

「つまり、学校は休みってこと?」

「はい。それに四年生なので、もう卒業に必要な単位はとり終わっていますし、就活だって終わってます」

「……なるほど」

「ですから、私……」


 すう、と梢が大きく息を吸い込む。


「いーくんが婚姻届にサインしてくれるまで、北海道には帰りませんから」

「は、はあ……!?」

「今日からよろしくお願いしますね、いーくん。いえ、旦那さま?」


 これ、夢じゃないよな? 現実なんだよな?


「とりあえずお嫁さんとして、いーくんの朝ご飯を作ります。私、料理の練習もいっぱいしてきたんですから!」

「え? あ、ありがとう……?」

「今日もお仕事ですよね。お弁当も作ってあげます。いーくんがお仕事の間に、お部屋の片づけもしておきますね」

「い、いいの?」

「はい。旦那さまをサポートするのは、お嫁さんの仕事ですから!」


 まずい。

 こんな状況はおかしいし、社会人として、とりあえずどこかにホテルでもとってやるべきなのは分かっている。

 だけど……。


 ここ最近、人が作ってくれたご飯なんて食べてない。それに、職場の人以外と会話をすることもなかった。


「……よろしく」


 俺は、この幼馴染を拒むことができない。


 こうして、俺と梢ちゃんの同居生活がスタートしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る