第四章 前世も今も底辺だ 第15話
金属と岩がぶつかる音がそこかしこで響く。
最初は反響するこの騒音のせいで頭が割れそうになったが、今は完全に慣れてしまった。
それに頭痛にならない方法も発見した。
やり方は簡単、自分でも同じ音を、周りよりも大きければ大きいほどいい。
振り上げた両手を勢いよく振り下ろす。目の前の岩壁に楔を打ち込む。
蒸し暑いなか身体を動かしているので、汗が吹き出す。
床に溜まって足を掬うので、滑らないように気をつけながら両手は動かす。
ツルハシが壁にめり込んで抜けなくなった。
引っ張っても、くっついてしまったように離れない。
一度深呼吸。汗でぬめった柄を握り直し、渾身の力で手前に引いた。
壁にヒビが入り、ツルハシが抜けた。
直後、乾いた音が手元から聞こえる。
「もう寿命か」
救出したツルハシの柄が真ん中から折れている。
ノゾムは周りを見回し、代わりになるものを探した。
座り込んだ鉱員の傍にツルハシが置かれている。
柄が曲がっていて使い物にならない。
代えのツルハシを探していると、まっすぐで自分の手に合った柄を発見する。
「これ借りていいか」
横になっている鉱員に一応尋ねる。
鼻にかかるほど前髪を伸ばした男は、めんどくさそうに手を振った。
柄は手に入ったが刃の方は適当なものが見つからなかった。
仕方なく、その中で状態がいい物を選び、置いてある砥石で刃先を鋭く尖らせていく。
準備を終わらせて掘っていたところまで戻り、採掘を再開。
持っていたツルハシが折れて落っこちた。
視線を下にして初めて、収穫物に足が埋まっていることに気づく。
足元の石ころを拾い上げ近くの台車に詰め込む。
鐘が鳴る。
一日の労働時間が終わり、死体のように動かなかった鉱員達が立ち上がった。
掘り続けるノゾムに、誰も声を掛けることなく癒しを求めて立ち去っていく。
ツルハシを叩きつける音のせいで、近づいてくる早足に気づかなかった。
「もうお仕事終わりだよ」
まだ見つかってないんだ。
「ねえ、休もうよー」
欲しいものが出てこないんだ。
「ノゾムにいさん」
振り上げたタイミングで目の前に少年の顔を出てくる。
ツルハシを掲げたまま止まる。
「やっと気づいてもらった。鐘鳴ったよ」
「ああ、そうか。ほら危ないからどいて」
「僕の話聞いてないでしょ。仕事は終わり」
「他の奴らは休む。儂は掘る」
「でも、汗びっしょりだよ。一休みだけでもしたら」
少年の目力に負け、ツルハシを岩の地面に置く。
「そんな睨まないでくれ。休憩するから。な、ウララ」
ノゾムが腰を下ろすと、吊り上げたウララの眉が垂れた。
「はい。これ」
渡された革袋から水音が聞こえた。途端に喉の渇きを覚える。
革臭い水を、口の端から溢れるのも構わずに飲む。
「ありがとな。すまん、全部飲んでしまった」
萎んだ革袋から、水が一滴滴り落ちた。
「ぼくの分はまだあるよ。もし足りなくなったら、仕事の対価でもらえるし」
「そうか。嫌だったら嫌だと言うんだぞ。儂も手を貸すから」
「一人でなんとか出来る。でも心配してくれてありがとう」
ウララは隣に腰を落とすと、袋から乾パンを取り出してリスのように齧り始めた。
「ここにいていいのか」
「用がある人がいたら探しに来るよ。だって人気者だもん」
全く嬉しくなさそうに答えた。
ノゾムは腰紐から黄ばんだ手拭いを取り出し、身体にしがみつく汗を拭い落とす。
鉱山の中は静かで、ウララが咀嚼する音しか聞こえない。
両手で乾パンを持つウララを見ていると、こめかみで蕾む花が嫌でも目についた。
「どうしたの」
視線に気づいたのか、食事を中断する。
「いいや。うまいか」
「ううん。でも顎が鍛えられるから」
ウララは綺麗な八重歯を覗かせた。
虫歯ひとつない。あれば客が離れるからとケアは欠かせないらしい。
食べ終えると、静寂が訪れた。
「またあの話聞かせてよ。サムライの話」
「また聞きたいのか。同じ話だぞ」
「いいの。唯一の楽しみだから何度でも聞きたいの」
前世の記憶から侍の話を思い出す。
「昔オキタという青年がいた。彼は女性と見間違うような美貌を持ちながら男顔負けの剣士だった」
話していくうちにウララは拳を固め目を輝かせる。
「こうしてオキタは幾多の死闘を乗り換え、獅子奮迅の活躍を見せていた。だが自身を蝕む病魔には勝てず、一人寂しく生涯を終えた」
話し終わると、ウララが鼻を啜っていた。
この話をすると、最初は興奮し最後に大泣きするのはいつもの事。
ウララの頭に手を置く。
「まだ泣くには早いぞ」
「どういうこと、だってオキタは死んで満月の地に行って終わりでしょ」
「そう。満月の地にたどり着いたオキタ。そこで自分の死を確認するが、新たな使命を帯びて帰ってくるんだ」
「えっその話、初めて聞く」
「実は最近新しく考えたんだ」
ウララは涙を拭き、服を掴んでせがむ。
「早く聞きたい。早く話して。早く早く」
何かに追い立てられるように。
「分かった。揺らすのをやめてくれんと、話すものも話せんぞ」
いつも苦しんでいるウララに、少しでも楽しい時間を過ごしてもらえるなら。
口を開きかけたところで出鼻を挫かれる。
「ウララ、おいカナリアのウララ。いるんだろ」
話が聞けると期待していたウララの目から、光が消えていく。
顔を伏せ、ノゾムの服を強く握りしめる。
呼ぶ声が近づいてくる。
「おっいたいた。探したぞ」
三人の男のうち、中央の禿頭の男がウララを呼んでいた。
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