第16話
大きな腹を揺らしながら男が距離を詰めてきた。
「一緒にいるのはノゾムじゃないか。身体は老けても衰えてはないってか」
一緒に来ていた二人の男達が一斉に笑い出した。
口を開く前にウララが立ち上がる。
その時には、洞窟に灯る松明のように目を輝かせていた。
「ガチ様。今日もぼくをご指名ですか」
「当たり前じゃないか。お前となら毎日でも飽きないからな」
「ありがとうございます」
ガチの胸の中に飛びつく。
「よしよし、いい子だ」
ガチは涎が垂れそうなほど口を開け、飛び込んできたウララを抱き締める。
「じゃあさっそく行こう。邪魔者がいると興が削がれるからな」
「はい。ガチ様。その、優しくしてくださいね」
「当たり前だろ。壊して楽しむ奴もいるが、俺にそんな趣味はねえから安心しな。よしお前ら行くぞ」
ガチはウララに頬擦りしながら歩き出す。
一人残されたノゾムは、小さくなっていくウララの背中の隠し事を見逃さない。
隠れた拳が震えている事を目に焼き付ける。
立ち上がると、隠し持っていたナイフを取り出した。
武器を持つことは固く禁止されている。見つかれば鉱山暮らしの延長が決定するだろう。
手の中にあるのは、折れたツルハシの刃を加工したもの。
毎回使った後に研いでいるが、こびりついた血は中々取れない。
自分のこめかみにある蕾を鷲掴みすると、根本に刃を当てた。
力を込めてナイフを動かす。
根が神経と繋がっており、刃を引く度に激痛が走る。
膝をつき、歯を食いしばって毎日の日課を続けた。
ブチっという音と共にアサガオがこめかみから離れる。
手中の花弁を捨てると、もう片方のこめかみに刃先を向けた。
左右のアサガオを切除した。こめかみの出血が赤いもみあげを形作る。
大きかった傷口の出血が止まった。
指で確認すると、傷は完全に塞がり、新しい花弁が生えている。
流れていた血液も、勿体無いと言わんばかりに、花弁が吸い取っていく。
ノゾムは皮膚片がくっついた蕾を足下に落とすと、原形がなくなるまで踏み潰した。
日常は変わらない。短い休息を取ったノゾムは寝静まる坑道で一人起き上がる。
労働前の習慣である筋トレで身体を暖めると、ツルハシを担いで昨日とは違う岩壁に向かった。
掘る。掘って掘って掘りまくる。出てくる石ころに目もくれず、自由への引換券の交換に必要な鉱石を求めて。
頭が入るほどの大きさまで掘り進めたところで、他のとは違う白っぽい鉱石が零れ落ちた。
見逃さずに、手を止めて石ころの山に潜り込んだソレを探す。
石ころの鋭い突起で皮膚が裂けるのも構わない。
傷口の血がつかないように手拭いで包み込む。
ナイフで半分に割ると、内側にびっしりと黒い斑点が散らばっている。
「あった。卵鉱石だ」
ノゾムは声を震わせた。
「おい、この鉱山一番の働き者、ノゾムはいるか」
呼ぶ声に反応し、素早く卵鉱石を懐に隠す。
周りで働いてなかった鉱員達が慌ててツルハシを振るい出した。
やってきたのは、軍服に銃を携えた二人組。
「ノゾム。なぜ返事しない。それとも脱走でも考えているのか。ああん」
「そんな事は微塵も考えていないが」
「口答えした。おい、お仕置きだ」
「了解です。ナモジ隊長」
鉄球のような肩を持つ副官に銃床で殴られた。
頬が高熱を発する。これ以上機嫌を損ねないように、微動だにしなかった。
「よし。脱走の意思はないようだな。でだ、お前に頼みたいことがある」
ナモジは懐から一枚の紙を取り出した。
「王都からのお達しだ。収める鉱石が一時的に増える事になった。その量を集めるのをお前に任せる」
必要量の書かれた紙を見せられる。いつもの倍以上の量だ。
「近々竜人が攻めてくるという情報が入ったそうだ。だから期日通りに集めろ。それとお前たち」
副官が地面に銃床を叩きつけた。岩壁を掘る音が止まる。
「お前たちも他人事だと思うな。働き者のノゾムが万が一にでも失敗した場合は連帯責任だからな」
鉱員達の中でヒィッと声が漏れ出た。
「嫌だったら働け。普段のノルマも達成できない怠け者ども」
ナモジは副官を連れ立ってその場を立ち去る。
鉱員達はいなくなった直後、壊れた歯車のように手を動かしていたが、それも束の間。
普段通り、手を休めてその場に座り込む。
ノゾムだけが一心不乱に鉱石を掘り続けていた。
ここなら更なる卵鉱石が出るだろうという期待に、胸を躍らせて。
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