第12話
「
望は訪問者の頭を撫でる。
「今散らかっているんだが、それでもよければ」
「わーい。お邪魔します」
麗は元気に入ってくると、台所のテーブルにランドセルと手に持っていた紙束を置いた。
「ポストにいっぱい詰まってたよ」
「おお、ありがとう」
二日前の新聞に、大年神不動産のチラシ。
「紅玉さんに挨拶してもいい」
「ん、いいとも。母も会いたがっているじゃろう」
麗が居間の方に消える。
見送ってから、さて、金になる物を探すかと、階段へ向かう。
「お、おじいちゃーん」
「どうした」
麗の震えた声が聞こえた。様子を見ると母の遺影を指さしている。
「写真に、写真にクモが」
「本当だ。そこにくっつくなんて、罰当たりな」
写真の顔の部分を覆うようにくっついた蜘蛛を手で払う。
「すごいや。ぼく虫が怖くて」
「なに、麗のピンチを救う事ができてわしも嬉しいよ」
こっちに飛んで来るなと心の中で祈っていたのは内緒にしておこう。
「見て。紅玉さんも喜んでるよ」
仏壇の写真を見ると、確かに母は微笑んでいる。
元々笑顔を切り取った写真だが、喜んでいるようにも見えなくはなかった。
「さて、わしは二階で探し物がある」
「ぼくも手伝おっか」
「大丈夫じゃよ。一人で何とかなるから」
「何か手伝えることがあったら言ってね。ぼくおやつ食べてるから」
「食べすぎて虫歯になるんじゃないよ」
「知らないの。ぼくの自慢は虫歯が一本もないことだよ」
麗を一階に残し物置部屋に戻ってきた。
「ん、何か変わったか」
望が出てから誰も入っていないが何か違うような気がする。
「ギターに、入隊案内。原稿。破れた図鑑、ラブレターは、ここにある。何も変わってないか」
再び宝探しを再開。
閉めっぱなしの部屋の中、くしゃみと、背中にくっつく肌着に悩まされながら調べていく。
「宿題終わったから手伝おうか」
「大丈夫。もう少しで終わるから」
マスクでも持ってこようかと考えていると、荷物が山積みにされた奥の壁際に、それはあった。
一見すると、唯の木の棒だが反りの入った姿は埃をかぶっていても強い存在感を放つ。
それを手に伸ばした時、足元の荷物に気づかずに盛大に転ぶ。
下から階段を登ってくる音。
「おじいちゃんどうしたの」
「ちょっと転んだだけだよ」
「怪我してない」
「ないない」
麗は息を吐く。
「よかった。ところで何持っているの」
「これか、我が家に眠るお宝じゃよ」
「宝物、曲がった棒が」
食いついた麗の表情が曇る。想像していた宝とは違ったらしい。
「ただの棒じゃないぞ。ほれ」
望は棒を二つに分かるように両手を動かした。
照明の光を反射する本体が現れる。
「これって刀」
麗が前のめりになって顔を寄せる。
「こら危ない。そうこれは日本刀じゃ」
「おじいちゃんって侍だったんだ」
思わず頬が緩んでしまう。
「違う違う。うちの親父が色々集めるのが好きでな。これもコレクションの一つだったんだろう」
「本物」
「恐らく、おっ、これで試してみようか」
原稿用紙を一枚持つと、刃に当てて滑らせる。
「わぁ、すごい」
書きかけの原稿用紙が二つになって床に落ちた。
「ぼくも持ってみたい。おじいちゃんお願い」
「何だって。よし、じゃあ一緒に待とう。ほら木のところを握ってごらん。刃のところは絶対触っちゃ駄目だ」
「うん。これが刀。結構重い。でもすごいキラキラしてカッコね」
「うむ。麗、刀の横、お腹のところを見てごらん。波のように見えないか」
「本当だ。炎みたい」
「これは波紋といってな。刀一つ一つ違うんだぞ」
「じゃあ世界に一つだけの刀なんだ」
「そういうことじゃ」
麗と一緒に目を輝かせていた望だったが、一つ息を吐くと朴の木の鞘に刀身を収めた。
「さて、わしは出かけなきゃならん」
「どこ行くの」
一緒に置いてあった袋に刀を詰める。
「これを売りに行くんじゃよ」
「ええっ売っちゃうの」
「仕方ないんじゃ。わしも貧乏でな。お金が必要なんだよ」
「うーしょうがないね。父さんも母さんもお金ないお金ないって毎日言ってる」
しょんぼりした麗の頭を撫でる。
「なぁに、近いうちに美味しいものが食べられるさ。どうする、このまま帰るか」
「まだ時間あるから、ついていくよ」
「遅くなって怒られないか。明日も学校だろう」
麗はランドセルを背負って駆け寄った。
「怒られたっていいよ。もっとおじいちゃんとお話ししたい」
「ありがとう。じゃあ一緒に行くとするか」
望は靴を履くと、杖を突きながら外に出た。
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